ちょっと複雑……… ― 2009/04/28 09:45
子供を幼稚園に送って行った帰りに、冬のコート類を受け取りにクリーニング屋に行く。
数日前より再び風邪を拗らせている為、ゴホゴホと咳をしているマスク姿で、しかもくもった眼鏡をかけた怪しい主婦が一人。
コート4点を受取り、さあ帰るぞ…という時に限って……
ゴホゴホゴホゴホゴホ………
店主:まぁ風邪ですか?
私:え゛…え゛え゛。
店主:じゃあコレ。食べれば少しは楽になりますよ
そう言って心優しき女性がくれたのはいつも娘が貰っているラムネだった。
礼を言って店を後にし、家についてから一つ口に頬張る……
……う~ん懐かしい味だ。
だが、ふといつもこれを貰って嬉々として頬張っている娘の姿を思い出す……。
もしかして私がコレを貰っても違和感無いってか?
とりあえず、只でくれた物だからありがたく食しようと二つ目を頬張るアラフォー主婦であった。
******************
☆本日の更新
・ラプンツェル~「第三話」
・人魚姫~「第二十話」
・ミューズの戸惑い「第二話」
・白衣の天然貴公子「第三話」
数日前より再び風邪を拗らせている為、ゴホゴホと咳をしているマスク姿で、しかもくもった眼鏡をかけた怪しい主婦が一人。
コート4点を受取り、さあ帰るぞ…という時に限って……
ゴホゴホゴホゴホゴホ………
店主:まぁ風邪ですか?
私:え゛…え゛え゛。
店主:じゃあコレ。食べれば少しは楽になりますよ
そう言って心優しき女性がくれたのはいつも娘が貰っているラムネだった。
礼を言って店を後にし、家についてから一つ口に頬張る……
……う~ん懐かしい味だ。
だが、ふといつもこれを貰って嬉々として頬張っている娘の姿を思い出す……。
もしかして私がコレを貰っても違和感無いってか?
とりあえず、只でくれた物だからありがたく食しようと二つ目を頬張るアラフォー主婦であった。
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☆本日の更新
・ラプンツェル~「第三話」
・人魚姫~「第二十話」
・ミューズの戸惑い「第二話」
・白衣の天然貴公子「第三話」
ラプンツェルのお家事情 第二章 出会いと再会 第三話 ― 2009/04/28 09:58
先生のお引越しは思ったよりスムーズにいったらしく、午前中で殆んど終ってしまったようだった。
「お?美味そうだな」
「父さん、ウマソウじゃなくてウマイんだよ」
「ふふ…一聖は味見をさせて貰ったもんね」
「美堂さんは料理上手なんですね」
「何よ陸、どうせ私は不器用ですぉ~だ!」
先生のお姉さん夫婦と一聖くんが先にリビングに来た。
今日はダイニングではなく、大勢だった為リビングで食べる事にしたのだ。
彼等の後に続いてリビングに来たのは東郷先生と陽華さん。
……こうしてみるとこの二人って本当にお似合いのカップルだよねぇ…
私は人数分の箸を用意しながら先生達の来るのを待った。
すると…
「へぇ…これは凄い!」
「まったくです。これだけの時間でここまで作り上げてしまうなんてプロ並の手際の良さです」
「二人とも何つっ立ってんだ?……って!おい、美堂、お前葉物野菜は入れるなって言っただろ!」
「じゃあ先生は他の具を巻いて召し上がって下さい」
……言われると思った!でもね、女性向のサラダ巻きにサラダ菜はかかせないんですよ?
私がくすくす笑いながらいつものように先生の悪態を軽くあしらうと、先生は不貞腐れたような表情を浮かべてどっかと乱暴に座った。
それを見た先生のお姉さん夫婦が吃驚していて…
「嘘……玲人がこんなお嬢ちゃんにあしらわれてる……」
「俺も初めて見た……」
突然固まった両親を、一聖くんは不安げにきょろきょろと見ているんだけど、彼等の隣では…
「っぷ!くっくっくっく……玲人の好き嫌いは健在か…くくくくくく」
「ちょっと!陸!」
両肩を震わせて笑っているのはウチの学校で知らない人はいない美麗保健医で、別名『微笑みの大天使様』だ。
そんな彼が爆笑している姿なんて誰も見たことがない。いつも「ニッコリ」という擬音が聞こえてくるような優雅な微笑を浮かべているのだから。
すると…
「お前の笑い上戸も健在だな陸。だが、ここにいるのは俺達だけじゃないんだぞ?少しは弁えろよ。
それと玲人、折角可愛い教え子さんが心を込めて作ってくれたんだから黙って食え。
料理のリの字も知らないお前は我侭言える立場じゃないんだからな?」
「愁。悪い」
「…ったく、相変わらず説教くせーヤツ…」
ご学友…確か五十嵐さんだったよね?…にピシャリと言われて大人しくなる東郷先生と渡会先生。
そんな彼等を横目に確認すると、五十嵐さんは両手を合わせて「頂きます」と言って食べ始めた。そして東郷先生や渡会先生も五十嵐さんにつられてちゃんと挨拶をしてから食べ始めたんだけど…
……何か先生の学生時代を垣間見たような気がする…
それを切欠に全員が箸をとって食べ始め、皆口々に美味しい美味しいと言ってくれた。
食後にハーブティや珈琲、緑茶など各人のリクエストの飲み物を準備する私。
女性陣の皆さんと一聖くんが手伝ってくれたおかげで後片付けも、お茶の準備もあっという間に終わり、私も自分のお気に入りのマグカップにミルクティーを注ぐ。
そして全員が好みの飲み物を飲んでほっと一息ついた頃、渡会先生が突然立ち上がり…
「今日はお忙しい中私めの引越しにお来し下さりありがとうございます。それではささやかながら皆様にちょっとしたエンターテイメントを楽しんで頂こうかと思います」
え?それって…もしかして…
嫌な予感がした私は、急いでカップの中の物を飲み干す。
「こちらにおられる美堂くんは我栄華学園合唱部の期待のホープであり、実に素晴しい歌唱力を持ってます。
これからしばしの時間、彼女が奏でる一服の清涼剤をお楽しみ下さい」
はぁ~~~~っ(溜息)。やっぱりっ!ほんと、いつも急なんだからぁっ!!
……って言っても私が先生に反論出来る筈もないし、これはさっきの仕返しって事?
とても9歳年上とは思えないよ先生。でも、仕方ないからここは大人の私があえて折れてあげる。
私はカップを置いて立ち上がると、先生の隣に行き…
「只今ご紹介に預かりました美堂です。拙いモノですがお楽しみ頂ければ嬉しいです」
私が幼少期にイベント会場でやっていた挨拶をすると、みんなが拍手をしてくれた。
隣の先生からは何の反応も無い…って事は選曲は私がしていいのね?
私はギャラリーの中に小学1年生の一聖くんがいる事を考慮しながら歌を選んだ。
おいでよママのそば 安らかな一時よ
そんなに不思議そうに 何を考えてるの
『ママのそばで』を歌いながらギャラリーの皆さんの様子をさり気なく観察する。
…あ!やっぱり一聖くん喜んでる!この歌にして正解だったかも…
学校や保育園が休みの日に地元のイベント会場で歌った記憶が蘇る。
私を見つめていた様々な感情を含んだ双眸。感慨深げに潤んだ年老いた瞳や、心から楽しんでるようにキラキラと輝く瞳もあった。
1番だけ歌い終わると、ギャラリーの皆さんが拍手をしてくれた。
「姫ちゃん凄い!!あたし、めっちゃ感動したよっ!」
「私も~!ウチに連れて帰りたいくらい!ってか、今日持ち帰る!玲人、いいわね?」
陽華さんと先生のお姉さんはそう言って私に抱きついてきた。
お二人とも私より頭一つ分は高いから、必然的に小柄な私はサンドイッチの具になっている状態で…
「姉貴、冗談じゃねーぞ」
「お姉ちゃん歌おじょうずですね。ボク、ファンになりそうです」
「一聖、随分このお姉さんが気に入ったようだな?」
「うん。ね、父さん、ボクこのお姉ちゃんのオムコさんにリッコウホしたい」
一聖くん、お世辞でもキミにそんな事言われたらお姉さん嬉しいよっ!
でもね、事情があって私はオヨメさんにはなれないんだ。残念だけど…
「キミ…美堂さん…だっけ?リクエストいいかな?」
五十嵐さんが穏やかな笑顔を浮かべながら私に話しかけてきた。
この人もよく見ると堀が深くて涼しげな目元で……こういうの端整な顔立ちって言うのかな?充分イケメンに入る部類だと思う。
東郷先生と渡会先生、そしてこの五十嵐さんが並ぶと凄い迫力。この三人って学生時代モテモテだったんだろうなぁ…
私はそんな事を考えながら五十嵐さんに見えるようにこくんと頷いた。
すると、彼は私の返事を確認し…
「それじゃ、モーツァルト作 歌劇『魔笛』の中の…」
「愁、ちょっと待て。美堂の音域はメゾだから夜の女王のアリアは彼女には無理だぜ?」
五十嵐さんのリクエストを聞き終わらないうちに入った先生のコメントに思わずこくこく頷く。
メゾの音域に変えて歌う事は出来るけど、あの歌はやっぱりソプラノじゃないと迫力が出ないもん。ってかソプラノの声域じゃなきゃ不可能だってば!
「いや?俺がリクエストしたいのは『パパパの二重唱』。不本意かもしれないけどさ、こいつ…玲人とデュオしてやってくれる?」
「……俺の声域はテノールだ。バリトンじゃねーぞ?」
「…お前なら歌えるよな?玲人?」
何か他の意味を含んでいそうな五十嵐さんの表情と口調。先生は苦笑を浮かべて私に小声で確認した。
「曲と歌詞、知ってっか?」
「はい」
「なら問題ねーな?それじゃいっちょ始めるか?」
先生が指をならしながらカウントを取り、先にパパゲーノのパートである先生が歌いだす。
そしてその後に私…パパゲーナが続く。
『パパパの二重唱』は、恋人達…パパゲーノとパパゲーナがお互いを思う気持を明るい調べに乗せて歌いながら子供が欲しいと神様にお願いするという、今風で言うと結婚を控えたバカップルみたいな歌詞なんだけど……
パパパパパ パパゲーナ! お前 本当に俺の女房か
パパパパパ パパゲーノ! そうよ ほんとにあんたの妻よ
じゃあ 可愛い女房になってくれ じゃあ あんたも私の大事な人よ
歌詞が歌詞…って言ってもドイツ語なんだけど…だからなのか、さっきから歌っている先生の視線が……////////
だ~か~ら~、美形って厄介なのよっ!!私は生徒という立場上でも、家の事情でも、決してこの人に邪な想いを抱いてはいけないんだからぁっ!!
私は必死で笑顔の仮面を貼り付けパパゲーナになりきる。
初めは小さいパパゲーノ それから小さいパパゲーナ
も一人小さいパパゲーノ またまた小さいパパゲーナ
この二人、いったい何人子供作る気なんだろう……って!そうじゃないでしょ私!!
も~~~っ!こんな曲をリクエストするなんて五十嵐さんって先生のオトモダチだけあってほんっとうに良い性格してるよ!
二人はたちまち子だくさん 親のよろこびよ
何とか歌い終わった私、精神的疲労を隠してギャラリーに向かって頭を下げる。
そして顔を上げた私の視界に入ったのは…
「あの………」
「すみませんお嬢さん。つい、昔を、思い出して……」
先生のお義兄さんのお父さんだと言っていたロマンスグレーのおじさんの、涙で潤んだ双眸だったのだ。
「お?美味そうだな」
「父さん、ウマソウじゃなくてウマイんだよ」
「ふふ…一聖は味見をさせて貰ったもんね」
「美堂さんは料理上手なんですね」
「何よ陸、どうせ私は不器用ですぉ~だ!」
先生のお姉さん夫婦と一聖くんが先にリビングに来た。
今日はダイニングではなく、大勢だった為リビングで食べる事にしたのだ。
彼等の後に続いてリビングに来たのは東郷先生と陽華さん。
……こうしてみるとこの二人って本当にお似合いのカップルだよねぇ…
私は人数分の箸を用意しながら先生達の来るのを待った。
すると…
「へぇ…これは凄い!」
「まったくです。これだけの時間でここまで作り上げてしまうなんてプロ並の手際の良さです」
「二人とも何つっ立ってんだ?……って!おい、美堂、お前葉物野菜は入れるなって言っただろ!」
「じゃあ先生は他の具を巻いて召し上がって下さい」
……言われると思った!でもね、女性向のサラダ巻きにサラダ菜はかかせないんですよ?
私がくすくす笑いながらいつものように先生の悪態を軽くあしらうと、先生は不貞腐れたような表情を浮かべてどっかと乱暴に座った。
それを見た先生のお姉さん夫婦が吃驚していて…
「嘘……玲人がこんなお嬢ちゃんにあしらわれてる……」
「俺も初めて見た……」
突然固まった両親を、一聖くんは不安げにきょろきょろと見ているんだけど、彼等の隣では…
「っぷ!くっくっくっく……玲人の好き嫌いは健在か…くくくくくく」
「ちょっと!陸!」
両肩を震わせて笑っているのはウチの学校で知らない人はいない美麗保健医で、別名『微笑みの大天使様』だ。
そんな彼が爆笑している姿なんて誰も見たことがない。いつも「ニッコリ」という擬音が聞こえてくるような優雅な微笑を浮かべているのだから。
すると…
「お前の笑い上戸も健在だな陸。だが、ここにいるのは俺達だけじゃないんだぞ?少しは弁えろよ。
それと玲人、折角可愛い教え子さんが心を込めて作ってくれたんだから黙って食え。
料理のリの字も知らないお前は我侭言える立場じゃないんだからな?」
「愁。悪い」
「…ったく、相変わらず説教くせーヤツ…」
ご学友…確か五十嵐さんだったよね?…にピシャリと言われて大人しくなる東郷先生と渡会先生。
そんな彼等を横目に確認すると、五十嵐さんは両手を合わせて「頂きます」と言って食べ始めた。そして東郷先生や渡会先生も五十嵐さんにつられてちゃんと挨拶をしてから食べ始めたんだけど…
……何か先生の学生時代を垣間見たような気がする…
それを切欠に全員が箸をとって食べ始め、皆口々に美味しい美味しいと言ってくれた。
食後にハーブティや珈琲、緑茶など各人のリクエストの飲み物を準備する私。
女性陣の皆さんと一聖くんが手伝ってくれたおかげで後片付けも、お茶の準備もあっという間に終わり、私も自分のお気に入りのマグカップにミルクティーを注ぐ。
そして全員が好みの飲み物を飲んでほっと一息ついた頃、渡会先生が突然立ち上がり…
「今日はお忙しい中私めの引越しにお来し下さりありがとうございます。それではささやかながら皆様にちょっとしたエンターテイメントを楽しんで頂こうかと思います」
え?それって…もしかして…
嫌な予感がした私は、急いでカップの中の物を飲み干す。
「こちらにおられる美堂くんは我栄華学園合唱部の期待のホープであり、実に素晴しい歌唱力を持ってます。
これからしばしの時間、彼女が奏でる一服の清涼剤をお楽しみ下さい」
はぁ~~~~っ(溜息)。やっぱりっ!ほんと、いつも急なんだからぁっ!!
……って言っても私が先生に反論出来る筈もないし、これはさっきの仕返しって事?
とても9歳年上とは思えないよ先生。でも、仕方ないからここは大人の私があえて折れてあげる。
私はカップを置いて立ち上がると、先生の隣に行き…
「只今ご紹介に預かりました美堂です。拙いモノですがお楽しみ頂ければ嬉しいです」
私が幼少期にイベント会場でやっていた挨拶をすると、みんなが拍手をしてくれた。
隣の先生からは何の反応も無い…って事は選曲は私がしていいのね?
私はギャラリーの中に小学1年生の一聖くんがいる事を考慮しながら歌を選んだ。
おいでよママのそば 安らかな一時よ
そんなに不思議そうに 何を考えてるの
『ママのそばで』を歌いながらギャラリーの皆さんの様子をさり気なく観察する。
…あ!やっぱり一聖くん喜んでる!この歌にして正解だったかも…
学校や保育園が休みの日に地元のイベント会場で歌った記憶が蘇る。
私を見つめていた様々な感情を含んだ双眸。感慨深げに潤んだ年老いた瞳や、心から楽しんでるようにキラキラと輝く瞳もあった。
1番だけ歌い終わると、ギャラリーの皆さんが拍手をしてくれた。
「姫ちゃん凄い!!あたし、めっちゃ感動したよっ!」
「私も~!ウチに連れて帰りたいくらい!ってか、今日持ち帰る!玲人、いいわね?」
陽華さんと先生のお姉さんはそう言って私に抱きついてきた。
お二人とも私より頭一つ分は高いから、必然的に小柄な私はサンドイッチの具になっている状態で…
「姉貴、冗談じゃねーぞ」
「お姉ちゃん歌おじょうずですね。ボク、ファンになりそうです」
「一聖、随分このお姉さんが気に入ったようだな?」
「うん。ね、父さん、ボクこのお姉ちゃんのオムコさんにリッコウホしたい」
一聖くん、お世辞でもキミにそんな事言われたらお姉さん嬉しいよっ!
でもね、事情があって私はオヨメさんにはなれないんだ。残念だけど…
「キミ…美堂さん…だっけ?リクエストいいかな?」
五十嵐さんが穏やかな笑顔を浮かべながら私に話しかけてきた。
この人もよく見ると堀が深くて涼しげな目元で……こういうの端整な顔立ちって言うのかな?充分イケメンに入る部類だと思う。
東郷先生と渡会先生、そしてこの五十嵐さんが並ぶと凄い迫力。この三人って学生時代モテモテだったんだろうなぁ…
私はそんな事を考えながら五十嵐さんに見えるようにこくんと頷いた。
すると、彼は私の返事を確認し…
「それじゃ、モーツァルト作 歌劇『魔笛』の中の…」
「愁、ちょっと待て。美堂の音域はメゾだから夜の女王のアリアは彼女には無理だぜ?」
五十嵐さんのリクエストを聞き終わらないうちに入った先生のコメントに思わずこくこく頷く。
メゾの音域に変えて歌う事は出来るけど、あの歌はやっぱりソプラノじゃないと迫力が出ないもん。ってかソプラノの声域じゃなきゃ不可能だってば!
「いや?俺がリクエストしたいのは『パパパの二重唱』。不本意かもしれないけどさ、こいつ…玲人とデュオしてやってくれる?」
「……俺の声域はテノールだ。バリトンじゃねーぞ?」
「…お前なら歌えるよな?玲人?」
何か他の意味を含んでいそうな五十嵐さんの表情と口調。先生は苦笑を浮かべて私に小声で確認した。
「曲と歌詞、知ってっか?」
「はい」
「なら問題ねーな?それじゃいっちょ始めるか?」
先生が指をならしながらカウントを取り、先にパパゲーノのパートである先生が歌いだす。
そしてその後に私…パパゲーナが続く。
『パパパの二重唱』は、恋人達…パパゲーノとパパゲーナがお互いを思う気持を明るい調べに乗せて歌いながら子供が欲しいと神様にお願いするという、今風で言うと結婚を控えたバカップルみたいな歌詞なんだけど……
パパパパパ パパゲーナ! お前 本当に俺の女房か
パパパパパ パパゲーノ! そうよ ほんとにあんたの妻よ
じゃあ 可愛い女房になってくれ じゃあ あんたも私の大事な人よ
歌詞が歌詞…って言ってもドイツ語なんだけど…だからなのか、さっきから歌っている先生の視線が……////////
だ~か~ら~、美形って厄介なのよっ!!私は生徒という立場上でも、家の事情でも、決してこの人に邪な想いを抱いてはいけないんだからぁっ!!
私は必死で笑顔の仮面を貼り付けパパゲーナになりきる。
初めは小さいパパゲーノ それから小さいパパゲーナ
も一人小さいパパゲーノ またまた小さいパパゲーナ
この二人、いったい何人子供作る気なんだろう……って!そうじゃないでしょ私!!
も~~~っ!こんな曲をリクエストするなんて五十嵐さんって先生のオトモダチだけあってほんっとうに良い性格してるよ!
二人はたちまち子だくさん 親のよろこびよ
何とか歌い終わった私、精神的疲労を隠してギャラリーに向かって頭を下げる。
そして顔を上げた私の視界に入ったのは…
「あの………」
「すみませんお嬢さん。つい、昔を、思い出して……」
先生のお義兄さんのお父さんだと言っていたロマンスグレーのおじさんの、涙で潤んだ双眸だったのだ。
人魚姫は苦労人 第二十話 ― 2009/04/28 10:41
「………芽衣さん、楽しんでますか?」
「え?沙織さん、こっちに来て大丈夫?」
突然頭上から声が降ってきたかと思ったら、沙織さんが微笑んでいた。
あれ?何か笑顔がやけに不自然なように思えるんだけど…
すると、沙織さんの存在に気付いた珠洲さんが彼女を見上げて一瞬驚いた表情を浮かべたけど直後ににっこり笑って…
「北都の生徒さんだよね?何かお困りのように見えるんだけど?」
珠洲さんって結構鋭いところがあると思う。勘が良いって言うのかな?
そりゃあ私も沙織さんの様子がさっきと違うと思ったけどね…
「ね、沙織さん、応援しなくていいの?」
「私は元々北都の応援に来たのではないから。それにあんな席にいたんじゃ頭がおかしくなりそうだ…」
「?????」
「ファーストブレイクだのプレスだのダブルクラッチだの……朝食か?クリーニング屋か?クラッチとは車用語ではないのか?その上さっきはまわせとか掛け声がかかっていたが、いったい何をまわすと言うのだ?
私には皆が宇宙語を話しているようにしか思えん」
額に手を当てながら思案顔でそう言う沙織さん。
私と同じ疑問を持ってるなんて何か嬉しいかも……
「沙織さん…だったっけ?応援じゃないならどうしてここに来たの?北都からだったら電車で来なきゃいけない距離だよね?」
確かに私みたいな理由が無い限り普通に観戦を楽しむのはちょっと無理があると思う。
何しろ試合展開が速すぎてついていけないくらいなんだから。
ウチの生徒は大半が女子だし、彼女達の目的は試合ではなく選手だし?
「……実は今度ウチの高校で開く事になっている3年生の引退を兼ねた招待試合で、テーブルオフィシャルズとやらをせねばならんのだ」
「審判補佐を?…あのさ、沙織さん、バスケ経験者…じゃないよね?」
「文句ならあそこの4番に言ってくれ。黒鳥…いや、新田 剛史が言い出した事なのだ。生徒会役員でテーブルオフィシャルズとやらをやれ…とな?」
「4番って……あのムカつくプレーの男?!」
「ほぉ……性格だけでなくバスケも最低なのか。奴は」
「やっぱアイツ性格も悪いんだ?」
「……アヤツの腹の中は真っ黒だ。外面が良く成績優秀で教師の受けが良いので生徒会長なんぞやっておるが、本性は最悪だ。正に絵に描いたような二重人格なのだ」
「へぇ…二重人格ねぇ…。あのさ、ウチの見浪先輩も普段とバスケをやっている時とでは性格が全く違うけど…」
「ほぉ……見浪 昴氏もヤツと同類とな?」
「見浪先輩を知ってるの?」
「………黒鳥が勝手にライバル視しているのだ。ヤツの口から見浪氏の名前がどれほど出てきた事か…」
「実物見てどうだった?」
「ベンチに座っている様子だけだとわからないが、黒鳥があれほど執着する人物だ。あの男も相当な曲者と思える」
「あはははは………今の言葉セリに聞かせてあげたいっ!!」
何か二人とも意気投合してるみたい。
でも見浪先輩が二重人格?あの後光が差していつもお釈迦様のような優しい笑みを浮かべている、誰よりも慈悲深い先輩が?
それならバスケをやっている時の見浪先輩って………もしかして第4クォーターで見れるのかな?
「あのね沙織さん、セリは私の親友なの。試合が終ったら紹介しようか?彼女ね、バスケ部のマネージャーやってて、あそこで得点をつけているんだよ。
さっきの話なんだけど、理由を話したらセリなら喜んでバスケ講座を開いてくれると思うよ?」
「それは忝い(かたじけない)。バスケに詳しいお知り合いならば是非お近づきになりたいというもの…」
「ね、それあたしも混ぜて!沙織ちゃんにもっとあのにっくき4番の事も聞きたいし?
それにね、あたしもバスケ経験者だよ?スタメンじゃないけどバスケ部員なんだ」
「決まりだな。私の名前は仙道 沙織。北都高校1年で生徒会書記をやっているが……黒鳥こと新田 剛史のパシリのようなモノをさせられている」
「コクチョウ?」
「私がヤツに付けた呼び名だ。ウチの男子の制服は詰襟黒ボタンで全身真っ黒というのもあるが、腹黒いからそう名付けた」
「あはははは…最高だよソレ!!あたしも今度からあの4番をそう呼ぼう~っと!
あ、あたしは市橋 珠洲。以後宜しくね~」
簡単な自己紹介を済ませた私と沙織さんは、珠洲さんの解説兼実況を聞きながら観戦を再開した。
「……やっぱ頭良いだけあるね黒鳥。指示もプレーも完璧だ」
「だが秀学もかなり強いと思うぞ?その証拠に点差がわずかではないか」
「ね、珠洲さん、今のどうなったの?」
「ウチがファウルしたの。ッチ……バスカンか…」
「「バスカン????」」
「バスケットカウントの略。北都の選手がシュートを打とうとしたのをウチが邪魔してたでしょ?それでファウルをとられたから今のシュートが得点に入って、しかも北都のフリースローが認められるの。
ほら!黒鳥がフリースローラインに立ってるよ」
新田 剛史が投げたボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれるかのように落ちていった。
……やっぱりこの人バスケ上手いのかな…
そしてかなりの点差が開いたところで第3クォーターが終了した。
「やったぁ!ついに見浪先輩がコートに入る!!」
「ほぉ……漸くかの氏のプレーとやらが見れるのか…」
「あれ?見浪先輩と一緒に誰かが立ち上がったよ……って!あれ、もしかして望月くん?」
「嘘っ!!だって普通第4クォーターはベストメンバーで出るって……そっか、先輩が言ってたウチの最終兵器ってアイツの事だったんだ……」
?????最終兵器?望月くんが?彼ってそんなに凄いの?
相変わらず疑問符だらけの私の頭。そして沙織さんは彼の体格を見て「でかい」を連発していた。
しかし、私はこの試合で珠洲さんが言っていた最終兵器の意味を理解したのだった。
見浪先輩が入っただけでボールが面白いようにウチの選手にまわる。それだけじゃない。リバウンド…って言うのかな、望月くんがほぼ確実にそれを取って見浪先輩にボールをパスしている。
「沙織ちゃん、芽衣ちゃん、今のがファーストブレイクだよ。PG(ポイントガード)の見浪先輩がドリブルしてシュートしちゃったでしょ?」
「あ…ああ、そうだったな」
「うん。なんかあっという間だった」
必死に走っている北都の選手を余裕の表情でかわしてあっという間にボールをシュートしちゃった見浪先輩。
……何かその時の表情が「にやり」って擬音が聞こえたような気がしたんだけど…
「お?積年の対決じゃん?」
「ん?おお!黒鳥と見浪氏が対峙しているではないか!」
「ほんとだ。…うわっ!二人同時に飛び上がったよ!」
「ふふふ……二人ともよぉ~~っく見てね。黒鳥はフェイクが得意みたいだから。
……ッチ!ダブルクラッチじゃん!先輩頑張って!……っっ!やたっ!外した!いけ望月!絶対取れぇ~~っ!!」
ボードに跳ね返ったボールに群がる大男達。勿論その中には望月くんの姿もあり…
「……バスケットって格闘技なんだ…」
「……だな」
「なかなか興奮するっしょ?あ!見浪先輩行けぇ~~っ!!」
「ほぉ……またファーストブレイクとやらか?」
「ううん。今回は北都の選手の戻りが早いから無理。でもね……」
「え?あんな位置からボール投げたよ?」
「へへぇ~~♪見浪先輩案外ロングシュート得意なんだよん♪……よっしゃ!ナイッシュー!!これで2点差だぁ~っ!!」
大分離れたところから打たれたボールは、さっき見た新田 剛史のフリースローのように綺麗な弧を描いてゴールに入った。
そして接戦の末勝ったのは…秀学館だった。
私達は後片付けやミーティングをしているセリを待っている間にいろんな事を話した。
珠洲さんは中学生の時にセリと試合で戦った事があったという事、彼女のポジションはFW(フォワード)でドリブルが得意だと言う事。
沙織さんは北都を卒業後帝都大学に進学する予定だと言う事。
そして…
「ほえ~~~全国模試1位~?もしかして沙織ちゃんってすっごいヒトだったんだねぇ…」
同感。あの北都で生徒会役員ってだけでも凄いと思うのに、全国模試1位なんて…
「でもさ、芽衣ちゃんだってウチの学校内じゃちょっとした有名人なんだよ?学年1位の才女の美少女だって…」
「ほぉ…。流石コロボックル様」
?????コロボックル??
確か、初対面の時も私を見てそう言ったよね?
頭に疑問符が並んでいる私を見て、沙織さんは気まずい表情で慌てて言い直した。
「い…いや。そうか、芽衣さんは秀才なのだな」
「沙織さんには敵わないよ」
「突然で恐縮だが、芽衣さん、アルバイトってした事はおありか?」
「え?」
「いや。実はな?今私がカテキョをしている芸術家のご子息に弟君が生まれたのだ。
私はベビーシッターをかってでたのだが、それ故に坊ちゃまの勉強まで手が回らなくなってしまった。
そこでだ、芽衣さんさえよろしければその坊ちゃんのカテキョをしてくれないかと思ったのだ。
画伯にも良いヒトはいないかと前々から言われてるのだが…。なぁに、秀学館で学年1位の成績をキープしている貴方の実力なら問題はないぞ?相手は小学生だからな?」
「沙織ちゃん、カテキョしてるんならあたしの勉強もみてよ」
「お安い御用だ。バスケ講座を開いて頂くお礼という訳ではないがいつでも言ってくれていいぞ?」
「やたっ!!これで今度の期末は貰ったぁっ!」
「勿論あたしもその勉強会に入れてくれるよね?」
「「セリ!!」」
何時の間にか制服に着替えたセリが私達の前に立っていた。
「セリ、こちらは北都高校の1年生で仙道 沙織さん」
「先ほどご紹介頂きました仙道 沙織です。実は今度ウチである招待試合でテーブルオフィシャルズなるものを任されてしまったのでその参考にと今日試合観戦に来たのだが……」
「招待試合って……ああ!3年生追い出し試合の事?」
「追い出し…とな?」
「だっていつまでもちんたら部活を続けてないでさっさと受験勉強に入れ……って意味の試合だもん」
「あははは……芽衣さんのご友人はなかなか興味深い方ばかりだな…」
「そっちこそ見た目と話し方のギャップが凄いと思うよ?あたしは五条 芹香。皆セリって呼んでる」
そう言って人懐こい笑顔を浮かべてセリは沙織さんに右手を差し出した。そして彼女も右手を差し出し握手を交わす…
セリと沙織さんって何か…
「ねぇ、この二人ってすっごい対照的だと思わない?」
「へ?」
「なんて言うのかな…喩えて言えばセリが小悪魔的美少女で、沙織ちゃんがクールビューティ…」
納得!!二人とも手足長いし、顔も綺麗だし、背も私なんかより10cmは高いもんね…
私と珠洲さんが感心していると、二人の話はまだ続いていたようで…
「沙織ちゃん…だっけ?あなた素人でしょ?なのにテーブルオフィシャルズすんの?」
「それあたしも言ったんだ!北都の4番に押し付けられているって聞いたけどさ、それって有り得なくない?沙織ちゃんってあの男に逆らえないとか?」
セリの質問に思わず便乗する珠洲さん。
さっきの事といい、珠洲さんって何か不思議なヒトだよね…
「北都の4番………ああ!ヤツと同種の男ね…」
「あははは…セリもそう思ったんだ」
「当然!!あんなプレスかけられるのこの世に二人しかいないよっ!!くくく…まるで自分のプレー見てるようだったんじゃない?あの時なかなか面白い表情浮かべてたし?」
「くっそぉ~~っ!こっちからじゃ見浪先輩の表情見れなかったんだよっ!!」
「ふっふっふ…一見の価値あったかも…」
なんか見浪先輩の悪口(?)でセリと珠洲さん盛り上がってるみたい。
沙織さんは複雑な表情を浮かべているけど…
「…さきほどの質問だが、珠洲さん…だったかな?貴方の言うとおりだ。私は今ヤツに逆らえない立場にいる…」
「それってさっきのアルバイトの事?」
「いや。ウチは何故かアルバイトは許可されているのだ。勉学に励みながら学費を稼いでいた生徒会OBの方が規則を変えたらしい」
「へぇ~~。ウチはアルバイトはご法度なんだよ?」
げっ…やばい!!セリは私のアルバイトを知ってるんだけど珠洲さんは…知らないよね?
思わず話題を振られないように俯いた私。
しかし…
「ならば先ほどの話はお流れかな…」
「芽衣、アルバイトやってたじゃん」
「え?」
「嘘っ!!どこで?」
どうしよう。言っちゃっていいかな?でももう辞めちゃったから大丈夫だよね?
「……あ…あの…その……『Candy drop』…って知ってる?」
「コスプレ喫茶ではないか!よく学校側にばれなかったものだ」
「沙織ちゃん、突っ込みどころ間違ってるって!…ねぇ芽衣ちゃん、他にもバイト先あるのに何でそんなところで働いてたの?」
ううっ……!!やっぱり珠洲さん鋭いところを突いて来る!
「………時給の関係で……」
「そんなに金に困ってるのか?ならば直の事先ほどの件考えてみてはいかがかな?画伯にかけあえば時給も上がるぞ?」
「カテキョかぁ…私大学生じゃないと出来ないって思ってた…」
「あたしも…。ってか、沙織ちゃん、どうやって探したの?」
「ん…その…ま、知合いの紹介…とでも言っておこう。将来の為に今から児童心理を会得したいと言ったらあの画伯に会わせてくれたのだ。何を隠そう私は将来医者になるのが夢なのでな?」
もしかして沙織さんって子供好きなのかも…
私がそんな事を思っていたら、セリが突然立ち上がった。
「沙織さん…だっけ?これから予定ある?」
「いや」
「芽衣は?」
「私も特には…」
「それじゃ今からお茶しない?」
「賛成!!あたし沙織ちゃんからもっと黒鳥の話聞きたいって言ってたんだ」
「コクチョウ?」
「くすくす……沙織さんが新田 剛史につけた呼び名だって」
「ウチの制服は全身真っ黒だが、ヤツは腹の中まで黒いからな……」
「新田 剛史が黒鳥なら見浪 昴は何だろう?カラス?」
「それだと格下じゃん」
「店に行ってから考えるか?」
「「賛成!!」」
「見浪先輩の呼び名はともかく、私ちょっと喉が渇いたな…」
こうして私達は駅周辺の喫茶店に入ってお茶したのだった。
……沙織さんの案により、見浪先輩の呼び名はコンドルに決定した。彼女曰くバスケしている時の彼の目つきは猛禽類だとか…。
新田 剛史より身体が大きい事と、バスケのプレーを見てて思いついたそうだ。
でもさ、コンドルって夫婦仲がとっても良いんだよ?もしかして見浪先輩も彼女を大切にするタイプなのかな?
「え?沙織さん、こっちに来て大丈夫?」
突然頭上から声が降ってきたかと思ったら、沙織さんが微笑んでいた。
あれ?何か笑顔がやけに不自然なように思えるんだけど…
すると、沙織さんの存在に気付いた珠洲さんが彼女を見上げて一瞬驚いた表情を浮かべたけど直後ににっこり笑って…
「北都の生徒さんだよね?何かお困りのように見えるんだけど?」
珠洲さんって結構鋭いところがあると思う。勘が良いって言うのかな?
そりゃあ私も沙織さんの様子がさっきと違うと思ったけどね…
「ね、沙織さん、応援しなくていいの?」
「私は元々北都の応援に来たのではないから。それにあんな席にいたんじゃ頭がおかしくなりそうだ…」
「?????」
「ファーストブレイクだのプレスだのダブルクラッチだの……朝食か?クリーニング屋か?クラッチとは車用語ではないのか?その上さっきはまわせとか掛け声がかかっていたが、いったい何をまわすと言うのだ?
私には皆が宇宙語を話しているようにしか思えん」
額に手を当てながら思案顔でそう言う沙織さん。
私と同じ疑問を持ってるなんて何か嬉しいかも……
「沙織さん…だったっけ?応援じゃないならどうしてここに来たの?北都からだったら電車で来なきゃいけない距離だよね?」
確かに私みたいな理由が無い限り普通に観戦を楽しむのはちょっと無理があると思う。
何しろ試合展開が速すぎてついていけないくらいなんだから。
ウチの生徒は大半が女子だし、彼女達の目的は試合ではなく選手だし?
「……実は今度ウチの高校で開く事になっている3年生の引退を兼ねた招待試合で、テーブルオフィシャルズとやらをせねばならんのだ」
「審判補佐を?…あのさ、沙織さん、バスケ経験者…じゃないよね?」
「文句ならあそこの4番に言ってくれ。黒鳥…いや、新田 剛史が言い出した事なのだ。生徒会役員でテーブルオフィシャルズとやらをやれ…とな?」
「4番って……あのムカつくプレーの男?!」
「ほぉ……性格だけでなくバスケも最低なのか。奴は」
「やっぱアイツ性格も悪いんだ?」
「……アヤツの腹の中は真っ黒だ。外面が良く成績優秀で教師の受けが良いので生徒会長なんぞやっておるが、本性は最悪だ。正に絵に描いたような二重人格なのだ」
「へぇ…二重人格ねぇ…。あのさ、ウチの見浪先輩も普段とバスケをやっている時とでは性格が全く違うけど…」
「ほぉ……見浪 昴氏もヤツと同類とな?」
「見浪先輩を知ってるの?」
「………黒鳥が勝手にライバル視しているのだ。ヤツの口から見浪氏の名前がどれほど出てきた事か…」
「実物見てどうだった?」
「ベンチに座っている様子だけだとわからないが、黒鳥があれほど執着する人物だ。あの男も相当な曲者と思える」
「あはははは………今の言葉セリに聞かせてあげたいっ!!」
何か二人とも意気投合してるみたい。
でも見浪先輩が二重人格?あの後光が差していつもお釈迦様のような優しい笑みを浮かべている、誰よりも慈悲深い先輩が?
それならバスケをやっている時の見浪先輩って………もしかして第4クォーターで見れるのかな?
「あのね沙織さん、セリは私の親友なの。試合が終ったら紹介しようか?彼女ね、バスケ部のマネージャーやってて、あそこで得点をつけているんだよ。
さっきの話なんだけど、理由を話したらセリなら喜んでバスケ講座を開いてくれると思うよ?」
「それは忝い(かたじけない)。バスケに詳しいお知り合いならば是非お近づきになりたいというもの…」
「ね、それあたしも混ぜて!沙織ちゃんにもっとあのにっくき4番の事も聞きたいし?
それにね、あたしもバスケ経験者だよ?スタメンじゃないけどバスケ部員なんだ」
「決まりだな。私の名前は仙道 沙織。北都高校1年で生徒会書記をやっているが……黒鳥こと新田 剛史のパシリのようなモノをさせられている」
「コクチョウ?」
「私がヤツに付けた呼び名だ。ウチの男子の制服は詰襟黒ボタンで全身真っ黒というのもあるが、腹黒いからそう名付けた」
「あはははは…最高だよソレ!!あたしも今度からあの4番をそう呼ぼう~っと!
あ、あたしは市橋 珠洲。以後宜しくね~」
簡単な自己紹介を済ませた私と沙織さんは、珠洲さんの解説兼実況を聞きながら観戦を再開した。
「……やっぱ頭良いだけあるね黒鳥。指示もプレーも完璧だ」
「だが秀学もかなり強いと思うぞ?その証拠に点差がわずかではないか」
「ね、珠洲さん、今のどうなったの?」
「ウチがファウルしたの。ッチ……バスカンか…」
「「バスカン????」」
「バスケットカウントの略。北都の選手がシュートを打とうとしたのをウチが邪魔してたでしょ?それでファウルをとられたから今のシュートが得点に入って、しかも北都のフリースローが認められるの。
ほら!黒鳥がフリースローラインに立ってるよ」
新田 剛史が投げたボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い込まれるかのように落ちていった。
……やっぱりこの人バスケ上手いのかな…
そしてかなりの点差が開いたところで第3クォーターが終了した。
「やったぁ!ついに見浪先輩がコートに入る!!」
「ほぉ……漸くかの氏のプレーとやらが見れるのか…」
「あれ?見浪先輩と一緒に誰かが立ち上がったよ……って!あれ、もしかして望月くん?」
「嘘っ!!だって普通第4クォーターはベストメンバーで出るって……そっか、先輩が言ってたウチの最終兵器ってアイツの事だったんだ……」
?????最終兵器?望月くんが?彼ってそんなに凄いの?
相変わらず疑問符だらけの私の頭。そして沙織さんは彼の体格を見て「でかい」を連発していた。
しかし、私はこの試合で珠洲さんが言っていた最終兵器の意味を理解したのだった。
見浪先輩が入っただけでボールが面白いようにウチの選手にまわる。それだけじゃない。リバウンド…って言うのかな、望月くんがほぼ確実にそれを取って見浪先輩にボールをパスしている。
「沙織ちゃん、芽衣ちゃん、今のがファーストブレイクだよ。PG(ポイントガード)の見浪先輩がドリブルしてシュートしちゃったでしょ?」
「あ…ああ、そうだったな」
「うん。なんかあっという間だった」
必死に走っている北都の選手を余裕の表情でかわしてあっという間にボールをシュートしちゃった見浪先輩。
……何かその時の表情が「にやり」って擬音が聞こえたような気がしたんだけど…
「お?積年の対決じゃん?」
「ん?おお!黒鳥と見浪氏が対峙しているではないか!」
「ほんとだ。…うわっ!二人同時に飛び上がったよ!」
「ふふふ……二人ともよぉ~~っく見てね。黒鳥はフェイクが得意みたいだから。
……ッチ!ダブルクラッチじゃん!先輩頑張って!……っっ!やたっ!外した!いけ望月!絶対取れぇ~~っ!!」
ボードに跳ね返ったボールに群がる大男達。勿論その中には望月くんの姿もあり…
「……バスケットって格闘技なんだ…」
「……だな」
「なかなか興奮するっしょ?あ!見浪先輩行けぇ~~っ!!」
「ほぉ……またファーストブレイクとやらか?」
「ううん。今回は北都の選手の戻りが早いから無理。でもね……」
「え?あんな位置からボール投げたよ?」
「へへぇ~~♪見浪先輩案外ロングシュート得意なんだよん♪……よっしゃ!ナイッシュー!!これで2点差だぁ~っ!!」
大分離れたところから打たれたボールは、さっき見た新田 剛史のフリースローのように綺麗な弧を描いてゴールに入った。
そして接戦の末勝ったのは…秀学館だった。
私達は後片付けやミーティングをしているセリを待っている間にいろんな事を話した。
珠洲さんは中学生の時にセリと試合で戦った事があったという事、彼女のポジションはFW(フォワード)でドリブルが得意だと言う事。
沙織さんは北都を卒業後帝都大学に進学する予定だと言う事。
そして…
「ほえ~~~全国模試1位~?もしかして沙織ちゃんってすっごいヒトだったんだねぇ…」
同感。あの北都で生徒会役員ってだけでも凄いと思うのに、全国模試1位なんて…
「でもさ、芽衣ちゃんだってウチの学校内じゃちょっとした有名人なんだよ?学年1位の才女の美少女だって…」
「ほぉ…。流石コロボックル様」
?????コロボックル??
確か、初対面の時も私を見てそう言ったよね?
頭に疑問符が並んでいる私を見て、沙織さんは気まずい表情で慌てて言い直した。
「い…いや。そうか、芽衣さんは秀才なのだな」
「沙織さんには敵わないよ」
「突然で恐縮だが、芽衣さん、アルバイトってした事はおありか?」
「え?」
「いや。実はな?今私がカテキョをしている芸術家のご子息に弟君が生まれたのだ。
私はベビーシッターをかってでたのだが、それ故に坊ちゃまの勉強まで手が回らなくなってしまった。
そこでだ、芽衣さんさえよろしければその坊ちゃんのカテキョをしてくれないかと思ったのだ。
画伯にも良いヒトはいないかと前々から言われてるのだが…。なぁに、秀学館で学年1位の成績をキープしている貴方の実力なら問題はないぞ?相手は小学生だからな?」
「沙織ちゃん、カテキョしてるんならあたしの勉強もみてよ」
「お安い御用だ。バスケ講座を開いて頂くお礼という訳ではないがいつでも言ってくれていいぞ?」
「やたっ!!これで今度の期末は貰ったぁっ!」
「勿論あたしもその勉強会に入れてくれるよね?」
「「セリ!!」」
何時の間にか制服に着替えたセリが私達の前に立っていた。
「セリ、こちらは北都高校の1年生で仙道 沙織さん」
「先ほどご紹介頂きました仙道 沙織です。実は今度ウチである招待試合でテーブルオフィシャルズなるものを任されてしまったのでその参考にと今日試合観戦に来たのだが……」
「招待試合って……ああ!3年生追い出し試合の事?」
「追い出し…とな?」
「だっていつまでもちんたら部活を続けてないでさっさと受験勉強に入れ……って意味の試合だもん」
「あははは……芽衣さんのご友人はなかなか興味深い方ばかりだな…」
「そっちこそ見た目と話し方のギャップが凄いと思うよ?あたしは五条 芹香。皆セリって呼んでる」
そう言って人懐こい笑顔を浮かべてセリは沙織さんに右手を差し出した。そして彼女も右手を差し出し握手を交わす…
セリと沙織さんって何か…
「ねぇ、この二人ってすっごい対照的だと思わない?」
「へ?」
「なんて言うのかな…喩えて言えばセリが小悪魔的美少女で、沙織ちゃんがクールビューティ…」
納得!!二人とも手足長いし、顔も綺麗だし、背も私なんかより10cmは高いもんね…
私と珠洲さんが感心していると、二人の話はまだ続いていたようで…
「沙織ちゃん…だっけ?あなた素人でしょ?なのにテーブルオフィシャルズすんの?」
「それあたしも言ったんだ!北都の4番に押し付けられているって聞いたけどさ、それって有り得なくない?沙織ちゃんってあの男に逆らえないとか?」
セリの質問に思わず便乗する珠洲さん。
さっきの事といい、珠洲さんって何か不思議なヒトだよね…
「北都の4番………ああ!ヤツと同種の男ね…」
「あははは…セリもそう思ったんだ」
「当然!!あんなプレスかけられるのこの世に二人しかいないよっ!!くくく…まるで自分のプレー見てるようだったんじゃない?あの時なかなか面白い表情浮かべてたし?」
「くっそぉ~~っ!こっちからじゃ見浪先輩の表情見れなかったんだよっ!!」
「ふっふっふ…一見の価値あったかも…」
なんか見浪先輩の悪口(?)でセリと珠洲さん盛り上がってるみたい。
沙織さんは複雑な表情を浮かべているけど…
「…さきほどの質問だが、珠洲さん…だったかな?貴方の言うとおりだ。私は今ヤツに逆らえない立場にいる…」
「それってさっきのアルバイトの事?」
「いや。ウチは何故かアルバイトは許可されているのだ。勉学に励みながら学費を稼いでいた生徒会OBの方が規則を変えたらしい」
「へぇ~~。ウチはアルバイトはご法度なんだよ?」
げっ…やばい!!セリは私のアルバイトを知ってるんだけど珠洲さんは…知らないよね?
思わず話題を振られないように俯いた私。
しかし…
「ならば先ほどの話はお流れかな…」
「芽衣、アルバイトやってたじゃん」
「え?」
「嘘っ!!どこで?」
どうしよう。言っちゃっていいかな?でももう辞めちゃったから大丈夫だよね?
「……あ…あの…その……『Candy drop』…って知ってる?」
「コスプレ喫茶ではないか!よく学校側にばれなかったものだ」
「沙織ちゃん、突っ込みどころ間違ってるって!…ねぇ芽衣ちゃん、他にもバイト先あるのに何でそんなところで働いてたの?」
ううっ……!!やっぱり珠洲さん鋭いところを突いて来る!
「………時給の関係で……」
「そんなに金に困ってるのか?ならば直の事先ほどの件考えてみてはいかがかな?画伯にかけあえば時給も上がるぞ?」
「カテキョかぁ…私大学生じゃないと出来ないって思ってた…」
「あたしも…。ってか、沙織ちゃん、どうやって探したの?」
「ん…その…ま、知合いの紹介…とでも言っておこう。将来の為に今から児童心理を会得したいと言ったらあの画伯に会わせてくれたのだ。何を隠そう私は将来医者になるのが夢なのでな?」
もしかして沙織さんって子供好きなのかも…
私がそんな事を思っていたら、セリが突然立ち上がった。
「沙織さん…だっけ?これから予定ある?」
「いや」
「芽衣は?」
「私も特には…」
「それじゃ今からお茶しない?」
「賛成!!あたし沙織ちゃんからもっと黒鳥の話聞きたいって言ってたんだ」
「コクチョウ?」
「くすくす……沙織さんが新田 剛史につけた呼び名だって」
「ウチの制服は全身真っ黒だが、ヤツは腹の中まで黒いからな……」
「新田 剛史が黒鳥なら見浪 昴は何だろう?カラス?」
「それだと格下じゃん」
「店に行ってから考えるか?」
「「賛成!!」」
「見浪先輩の呼び名はともかく、私ちょっと喉が渇いたな…」
こうして私達は駅周辺の喫茶店に入ってお茶したのだった。
……沙織さんの案により、見浪先輩の呼び名はコンドルに決定した。彼女曰くバスケしている時の彼の目つきは猛禽類だとか…。
新田 剛史より身体が大きい事と、バスケのプレーを見てて思いついたそうだ。
でもさ、コンドルって夫婦仲がとっても良いんだよ?もしかして見浪先輩も彼女を大切にするタイプなのかな?
ミューズの溜息続編 ミューズの戸惑い 第二話 ― 2009/04/28 10:49
結局先日の練習試合はわずかな差でウチの高校が負けた。だが何故か黒鳥も機嫌が良かったので私は早々に引き上げた。
あの試合で私はコロポックル様と知り合う事が出来、その上彼女にすんばらしい女子を紹介して貰えたのだ。
「ふっふっふ……コロポックル様にバービーと、もう一人はちょっとミステリアスな雰囲気の女子だからジプシーでいいな…」
登録済みの携帯番号とメールに、呼び名を入力しながらほくそ笑む私。
なんとバービーこと、五条 芹香はあの試合で私がやらされるであろうタイムキーパーをしていたのだ。
そして彼女とジプシーこと市橋 珠洲もバスケ経験者なので、いろいろと教えてくれるという約束までとりつけた。
勿論それと引き換えに私が彼女達と約束したのは勉強を見てあげるという事。
これで今度の招待試合は何とかなりそうだ…!と、胸を撫で下ろした私の携帯に入った一通のメール。
『今度の土曜日に話したい事があるんやけど、都合はどう?』
特に予定がなかったので、いつも利用している喫茶店の名前を告げそこでの待ち合わせにした。
そして少し早めに来た私はいつも頼むカモミールティーを飲んでいるのだ。
……メアドもゲットしたしな。それにしてもいいねぇ秀学館は、制服も生徒も華やかでさ。
「へぇ…今度はコロポックルにバービー、それと…ジプシーってか?」
「新しいお友達だ…って!おい!ジャン!いつの間に!?」
「沙織ちゃんがニコニコ顔で入ってきた時声かけよう思たんやけど、トリップしてるんやろなぁ~思てずっとタイミング計ってた」
本日私をここに呼び出した張本人であるジャンが私の携帯を覗き込んでいたのだ。
のっぽで細身、色白の肌とブロンドの箒頭(ほうきあたま)、そしてグリーンアイズの持ち主であるこの男は日仏ハーフであり、私の婚約者なのである。
「で、とても暇人とは思えない医学生であるアンタがこんなとこでお茶してる時間があるとは思えんのだが…」
「つれないなぁ沙織ちゃん。曲がりなりにも俺ら恋人同士やで?しかも結婚の約束までしとる仲やんか」
そう言ってウィンクするジャン。
するとあちらこちらからカシャカシャという機械音と共にたかれるフラッシュ…
まぁ、観賞用には持って来いの外見だからなぁ…
どさくさに紛れて自分が飲んでたコーヒーと荷物を私の隣に置き、いつもの人懐こい笑顔を浮かべている。
「我愛しのフィアンセよ、ご機嫌うるわしゅう…」
「やめろ。折角の紅茶が不味くなる」
「相変わらず口悪いなぁ。でも、そんな照れ屋さんなところも好きやで?」
「っっ…!//////」
そう言って私の手を取り接吻をする関西訛りの仏蘭西男。
すると、途端に悲鳴が飛び交う店内
……だから極力来たくは無かったのだ。
しかし、この目の前の男はそんな店内の様子を無視するかのように平然とした顔でさらに話を続ける。
「なぁ沙織ちゃん、この後なんやけど」
「約束だからな。今のところ予定は入れてない」
「なら、ここでもうちょっと待っとれる?今自分を捕まえたゆうメールしたから」
「メール?」
「くす…そのうちわかるよって」
ニコニコ顔でそう言うジャン。しかし、私はとてつもなく嫌な予感がした。
そして数分後…
「きゃあああああ!アレORITOじゃないっ!」
「ナマよ!ナマ!」
「写メ!写メ!って!ちょっと私の携帯どこよ!?」
「もしもし~~あ!あたし!!ね、今目の前にORITOがいんの!え?場所どこって?えっと……」
一斉に騒々しくなる店内。そしてさっきの倍の量で飛び交うフラッシュと機械音。
…これって、まさか…………殿下?
「くす…只今人気急上昇中の新人俳優は流石にちゃうなぁ…」
「ほっ…本当に殿下?」
「くすくす…織斗だけやないで?」
「へ?」
ジャンの言葉に疑問符だらけの私。すると…
「ちょおっ!今度はナオが来たよっ!」
「うっそぉ~!マジぃ~?」
「ガチに超ヤバツーショットってやつぅ~?」
あの変な日本語と語尾伸ばしは………偏差値が可愛らしい数字で有名な隣の女子高の生徒だな。
っつーか、なんで上まで来るんだ?
なるべく二人に見つからないように慌てて下を向く私。しかし…
「お~~い」
この馬鹿!何でわざわざ手を振るのだっ!!
「ジャン!そこにいたのか…!」
げっ……ジャンが殿下に見つかった!!やばい!どこかに隠れなくては…!テーブルの下にでも潜るかそれとも…
私はいつも外出の際に持ち歩いている大き目のバックをテーブルの上に置き、自分を隠すようにしたのだが…
「「沙織!!」」
万事休す………神様、私の安らぎの一時を返して下さい!
私の姿を見つけるやいなや、二人の従兄は長いコンパスを有効に使って時折テーブルに座っている女性に笑顔を振りまきつつこちらへとやってきた。
仕方なく私も開き直って自分の前に築いた壁を取り除き、営業スマイルを貼り付け立ち上がる。
「お…お久しぶりです。織斗兄様、那織人兄様」
「よっ沙織、お前しばらく見ない間にまた背が伸びたんじゃねーか?」
上…それはあっしには禁句ですぜ?何しろこの間測ったら175cmになってたんだから…
ああ!コロポックル様のような愛らしい身長になりたいっ!
「くすくす…いいんだよ那織人。沙織は俺達に合わせて成長してるんだから」
ひょい
「ひゃあっ!ちょっ…」
「ん…ちょうど抱えやすいサイズだね。これ以上小さかったら俺の子供と間違えられそうだ」
……会った早々に縦抱っこかよ。そりゃあ身長が193cmもある殿下からしてみればあのコロポックル様だとお子様になってしまわれるかもしれないけどさ…
それよりさっきから視線が刺さって痛いのだっ!頼むから自分らが有名人だって自覚してくれ!!
「くすくす…沙織ちゃんのゆうたとおりや。織斗、お前ほんまに抱っこちゃんなんやなぁ…くすくす」
「何とでも言え。俺にとって沙織は可愛い可愛い従妹なんだ」
「あ~あ、織斗兄のシスコンがまた始まったよ。ってか、沙織が恥ずかしがってるし、そろそろ降ろしてあげたら?」
ほっ…上、あんたたまには良い事言うねぇ……って!こら!頭ナデナデするな!私は子供じゃない!
っつーか、この状況ってやばいんでない?ほら、窓の外にいつの間にかこちらを覗き込む人だかりが…
「くすくす…やっぱ芸能人二人来るとちゃうなぁ…、織斗、場所移さへんか?」
「そうだな。ジャン、お前には聞きたい事が沢山あるし…」
「それじゃ手っ取り早く俺のマンションにでもすっか?」
うっ…上のマンションだぁ~?いえいえ!謹んで遠慮致します。
私は当然の如く首をブンブン横に振って拒否の意を示す。
「それじゃ俺んちにすっべ」
「茂織叔父さんのパン屋か?」
「いや、離れの実家の方。沙織を連れてけばお袋が喜ぶし、そこのアンタも織斗兄の大学の友人なら歓迎されると思うけど?」
茂織叔父さんのパンかぁ……最近食べてないんだよな。焼きたてがめっちゃ上手くてさ、結構近所の主婦に評判だったりするんだ。
へっへ~~何か楽しみかも…
「それじゃあ決まりだな。沙織、ジャンの案内を頼む。俺と那織人はそれぞれ時間をずらしてここを出よう」
「だな。今だって外パニクってるし…有名人になるのも良し悪しってか?」
「ほな行きまひょか。沙織ちゃん、ナビ頼むで~」
ジャン、もしかしてここに教授の車で来たんじゃねーだろうな?
「くすくす…心配せんでもええよ?今日は俺の車で来たさかい。ほなお先~」
「織斗兄様、那織人兄様、それじゃ…」
こら!手を繋ぐな!!殿下が睨んでるんだぞっ!!
……っっ!!!なっ…なしてそんな所を触るのだぁ~~っ!!
「嬉しいなぁ…沙織ちゃんをこうして堂々とエスコート出来るんやから」
「こっ…腰!腰!」
「ささ、姫、参りましょうか?」
いつの間にか私にまで携帯が向けられてるのは気のせいか?
だ~か~ら、見世物じゃねー!
お前も接近し過ぎなんじゃ!ジャン!!西欧の民はこんなにベタベタして羞恥という感情を持たないのか?
殿下以上にスキンシップ過剰な婚約者(あくまでも契約上のだが…)に、私は思わず頭を抱えたのだった。
あの試合で私はコロポックル様と知り合う事が出来、その上彼女にすんばらしい女子を紹介して貰えたのだ。
「ふっふっふ……コロポックル様にバービーと、もう一人はちょっとミステリアスな雰囲気の女子だからジプシーでいいな…」
登録済みの携帯番号とメールに、呼び名を入力しながらほくそ笑む私。
なんとバービーこと、五条 芹香はあの試合で私がやらされるであろうタイムキーパーをしていたのだ。
そして彼女とジプシーこと市橋 珠洲もバスケ経験者なので、いろいろと教えてくれるという約束までとりつけた。
勿論それと引き換えに私が彼女達と約束したのは勉強を見てあげるという事。
これで今度の招待試合は何とかなりそうだ…!と、胸を撫で下ろした私の携帯に入った一通のメール。
『今度の土曜日に話したい事があるんやけど、都合はどう?』
特に予定がなかったので、いつも利用している喫茶店の名前を告げそこでの待ち合わせにした。
そして少し早めに来た私はいつも頼むカモミールティーを飲んでいるのだ。
……メアドもゲットしたしな。それにしてもいいねぇ秀学館は、制服も生徒も華やかでさ。
「へぇ…今度はコロポックルにバービー、それと…ジプシーってか?」
「新しいお友達だ…って!おい!ジャン!いつの間に!?」
「沙織ちゃんがニコニコ顔で入ってきた時声かけよう思たんやけど、トリップしてるんやろなぁ~思てずっとタイミング計ってた」
本日私をここに呼び出した張本人であるジャンが私の携帯を覗き込んでいたのだ。
のっぽで細身、色白の肌とブロンドの箒頭(ほうきあたま)、そしてグリーンアイズの持ち主であるこの男は日仏ハーフであり、私の婚約者なのである。
「で、とても暇人とは思えない医学生であるアンタがこんなとこでお茶してる時間があるとは思えんのだが…」
「つれないなぁ沙織ちゃん。曲がりなりにも俺ら恋人同士やで?しかも結婚の約束までしとる仲やんか」
そう言ってウィンクするジャン。
するとあちらこちらからカシャカシャという機械音と共にたかれるフラッシュ…
まぁ、観賞用には持って来いの外見だからなぁ…
どさくさに紛れて自分が飲んでたコーヒーと荷物を私の隣に置き、いつもの人懐こい笑顔を浮かべている。
「我愛しのフィアンセよ、ご機嫌うるわしゅう…」
「やめろ。折角の紅茶が不味くなる」
「相変わらず口悪いなぁ。でも、そんな照れ屋さんなところも好きやで?」
「っっ…!//////」
そう言って私の手を取り接吻をする関西訛りの仏蘭西男。
すると、途端に悲鳴が飛び交う店内
……だから極力来たくは無かったのだ。
しかし、この目の前の男はそんな店内の様子を無視するかのように平然とした顔でさらに話を続ける。
「なぁ沙織ちゃん、この後なんやけど」
「約束だからな。今のところ予定は入れてない」
「なら、ここでもうちょっと待っとれる?今自分を捕まえたゆうメールしたから」
「メール?」
「くす…そのうちわかるよって」
ニコニコ顔でそう言うジャン。しかし、私はとてつもなく嫌な予感がした。
そして数分後…
「きゃあああああ!アレORITOじゃないっ!」
「ナマよ!ナマ!」
「写メ!写メ!って!ちょっと私の携帯どこよ!?」
「もしもし~~あ!あたし!!ね、今目の前にORITOがいんの!え?場所どこって?えっと……」
一斉に騒々しくなる店内。そしてさっきの倍の量で飛び交うフラッシュと機械音。
…これって、まさか…………殿下?
「くす…只今人気急上昇中の新人俳優は流石にちゃうなぁ…」
「ほっ…本当に殿下?」
「くすくす…織斗だけやないで?」
「へ?」
ジャンの言葉に疑問符だらけの私。すると…
「ちょおっ!今度はナオが来たよっ!」
「うっそぉ~!マジぃ~?」
「ガチに超ヤバツーショットってやつぅ~?」
あの変な日本語と語尾伸ばしは………偏差値が可愛らしい数字で有名な隣の女子高の生徒だな。
っつーか、なんで上まで来るんだ?
なるべく二人に見つからないように慌てて下を向く私。しかし…
「お~~い」
この馬鹿!何でわざわざ手を振るのだっ!!
「ジャン!そこにいたのか…!」
げっ……ジャンが殿下に見つかった!!やばい!どこかに隠れなくては…!テーブルの下にでも潜るかそれとも…
私はいつも外出の際に持ち歩いている大き目のバックをテーブルの上に置き、自分を隠すようにしたのだが…
「「沙織!!」」
万事休す………神様、私の安らぎの一時を返して下さい!
私の姿を見つけるやいなや、二人の従兄は長いコンパスを有効に使って時折テーブルに座っている女性に笑顔を振りまきつつこちらへとやってきた。
仕方なく私も開き直って自分の前に築いた壁を取り除き、営業スマイルを貼り付け立ち上がる。
「お…お久しぶりです。織斗兄様、那織人兄様」
「よっ沙織、お前しばらく見ない間にまた背が伸びたんじゃねーか?」
上…それはあっしには禁句ですぜ?何しろこの間測ったら175cmになってたんだから…
ああ!コロポックル様のような愛らしい身長になりたいっ!
「くすくす…いいんだよ那織人。沙織は俺達に合わせて成長してるんだから」
ひょい
「ひゃあっ!ちょっ…」
「ん…ちょうど抱えやすいサイズだね。これ以上小さかったら俺の子供と間違えられそうだ」
……会った早々に縦抱っこかよ。そりゃあ身長が193cmもある殿下からしてみればあのコロポックル様だとお子様になってしまわれるかもしれないけどさ…
それよりさっきから視線が刺さって痛いのだっ!頼むから自分らが有名人だって自覚してくれ!!
「くすくす…沙織ちゃんのゆうたとおりや。織斗、お前ほんまに抱っこちゃんなんやなぁ…くすくす」
「何とでも言え。俺にとって沙織は可愛い可愛い従妹なんだ」
「あ~あ、織斗兄のシスコンがまた始まったよ。ってか、沙織が恥ずかしがってるし、そろそろ降ろしてあげたら?」
ほっ…上、あんたたまには良い事言うねぇ……って!こら!頭ナデナデするな!私は子供じゃない!
っつーか、この状況ってやばいんでない?ほら、窓の外にいつの間にかこちらを覗き込む人だかりが…
「くすくす…やっぱ芸能人二人来るとちゃうなぁ…、織斗、場所移さへんか?」
「そうだな。ジャン、お前には聞きたい事が沢山あるし…」
「それじゃ手っ取り早く俺のマンションにでもすっか?」
うっ…上のマンションだぁ~?いえいえ!謹んで遠慮致します。
私は当然の如く首をブンブン横に振って拒否の意を示す。
「それじゃ俺んちにすっべ」
「茂織叔父さんのパン屋か?」
「いや、離れの実家の方。沙織を連れてけばお袋が喜ぶし、そこのアンタも織斗兄の大学の友人なら歓迎されると思うけど?」
茂織叔父さんのパンかぁ……最近食べてないんだよな。焼きたてがめっちゃ上手くてさ、結構近所の主婦に評判だったりするんだ。
へっへ~~何か楽しみかも…
「それじゃあ決まりだな。沙織、ジャンの案内を頼む。俺と那織人はそれぞれ時間をずらしてここを出よう」
「だな。今だって外パニクってるし…有名人になるのも良し悪しってか?」
「ほな行きまひょか。沙織ちゃん、ナビ頼むで~」
ジャン、もしかしてここに教授の車で来たんじゃねーだろうな?
「くすくす…心配せんでもええよ?今日は俺の車で来たさかい。ほなお先~」
「織斗兄様、那織人兄様、それじゃ…」
こら!手を繋ぐな!!殿下が睨んでるんだぞっ!!
……っっ!!!なっ…なしてそんな所を触るのだぁ~~っ!!
「嬉しいなぁ…沙織ちゃんをこうして堂々とエスコート出来るんやから」
「こっ…腰!腰!」
「ささ、姫、参りましょうか?」
いつの間にか私にまで携帯が向けられてるのは気のせいか?
だ~か~ら、見世物じゃねー!
お前も接近し過ぎなんじゃ!ジャン!!西欧の民はこんなにベタベタして羞恥という感情を持たないのか?
殿下以上にスキンシップ過剰な婚約者(あくまでも契約上のだが…)に、私は思わず頭を抱えたのだった。
白衣の天然貴公子 第三話 ― 2009/04/28 10:51
「ルビーはな?いっちゃん強くてかっけーんだぜ。燈 一人(あかりかずと)がヘンシンするんだ」
「ふむふむ…」
「オレはペリドットがいい!!ショウライ、栂 和志(つが かずし)みたいなサワヤカイケメンになりたい!」
「ほぅ……」
「ボクはダイヤかな。塙 光也(はなわみつや)みたいにイヤシケイになりたいんだ」
「なるほど…」
「オレはダンゼンサファイア!!クールでニヒルな潮 魁李(うしおかいり)さ。オトコはやっぱこうでなくっちゃ」
「うんうん…」
「あの…ボクは…その…トパーズの曙 未幸(あけぼのみゆき)くんが。ミンナのムードメイカーだから…」
「そうだね。それも重要な役割だ」
百均で買ったメモ帳を片手に胡坐をかいて男児達の話を聞く水輝。
病室の中央に輪になって座っているオトコ達は実に楽しそうに話している。
そこへ…
「お~い、お前ら午後は正二の見舞い客が来るぞ……って、先生まで何やってんだ?」
「悪いな翡翠ねえちゃん。これはオトコダケのハナシアイなんだ。な?」
「うん。そうだね」
「そうだね…じゃないっ!!正二!お前これから愛しの真希ちゃんが来るんだぞ?さっさと顔洗って髪の毛梳かしてこい!!」
「いっけね……って!翡翠ねえちゃん、何でミンナの前でバラすんだっ!/////」
翡翠に名指しされた男児は顔を真っ赤にしながら病室から出て行った。
「ほらお前らもさっさとベッドに戻る!」
「ちぇっ……!翡翠ねえちゃんってさ、ミタメはクイーンアメジストなのに中身はブラックパールだもんな…」
「そうそう」
「コトバヅカイも悪いしね…」
「でも翡翠ねえちゃんヤサシイよ?ボクたちとよくアソんでくれるし…」
「うんうん。やっぱお前はわかってるんだな航太郎。太一、お前もちったあ見習えよ。それだからガールフレンドが出来ねーんだぞ?」
「けっ…女なんかいらねーよ。オレはショウライ『ココウのオトコ』……燈 一人のようになるんだからなっ!!」
翡翠が航太郎の頭をナデナデしていると、太一がふてくされつつベッドに戻った。
そして智雄も彼の後を追うようにベッドに戻る。
「先生もいつまでもんなとこで胡坐かいてないで下さい」
翡翠が腰に手を当て呆れた表情で水輝を見下ろした。その時…
「乾先生!!急患です!付近の交差点で少女が車にはねられたらしく救急車がこちらに向かっています!」
部田 洋祐がドアを開けると同時に水輝に向かって叫んだのだ。
すると水輝はすっくと立ち上がり静かな足取りで洋祐に近づき…
「容態は?」
「かなり重症らしいです。救急隊員が止血などの処置をしたそうですが、意識がはっきりせずうわ言でクラスメイトらしき名前を繰り返しているとか…」
「洋祐!!その女の子って黄色いリボンを結んでいて小2くらいじゃないか?」
「特徴なんてまだきーてねーよ。ただ、名前が椎崎…「マキちゃんだっ!!」…って!おい正二!お前顔が真っ青じゃねーか!」
何時の間にか洋祐の足元に縋りつくように正二が立っていたのだ。
「オレの…オレのせいだ!!マキちゃんが…マキちゃんが…!」
「落ち着け正二!」
洋祐から正二を剥がし、翡翠は彼の両肩に手を置いてその顔を覗き込む。
「とっ…とにかく!先生急いで下さい!!」
「あと何分で到着しますか?」
「道路事情にもよりますがもうまもなく…」
「迎える準備は出来てますか?」
「勿論です!!」
焦った表情の洋祐に対し、冷静に質問をする水輝。今の彼は数分前とは面代わりしていると言っても過言ではないほど凛々しい男の顔をしている。
翡翠は正二を宥めつつも、仕事モードの水輝に思わず見惚れてしまっていた。
その時…
ゴホゴホゴホゴホ!!!
正二が突然激しく咳をし出したのだ。彼は小児喘息持ちの子供である。
翡翠は慌てていつも吸引させているステロイド剤を探し正二の口にあてようとするが…
「ゴホゴホ…いやだ!!オレ、マキちゃんのところに行く!」
「馬鹿言うな!」
「ゴホゴホゴホ…マキちゃん…を…タスケに行くんだ!!」
「いいから吸うんだ!」
「ゴホゴホゴホゴホ…………」
「「「しょーじ!!」」」
「しょーじくん!」
翡翠の手を跳ね除け病室を出ようとする正二を心配する同室の男児達。すると水輝は…
「部田くん、ちょっとだけいいですか?」
「え?」
洋祐と一緒にいた水
輝がそのままの表情で洋祐に話しかけたのだ。そして洋祐が驚いている間に身体を折り曲げて咳をしている正二の元までやってきた。
「正二くん、マキちゃん…だっけ?彼女の事は僕に任せてくれないかな?」
「ゴホゴホゴホ……」
「僕はプロのお医者さんだよ?キミの大好きなサファイアは誰にも負けないくらい強いんだろうけど、僕だって怪我した人や病気の人を治すことだったら誰にも負けない」
「ゴホゴホゴホゴホ…せ…せんせ…ゴホゴホ…ほんと?」
「うん」
「ゴホゴホゴホゴホ…やく…そく…」
「うん。しよう」
「ゴホゴホゴホゴホ…マキちゃ…たすけ…ゴホゴホゴホ」
「うん。だから正二くんも楠さんの言う事を聞いてくれる?はい、これ吸って!キミが元気にならないと治療が終ってもマキちゃんに会わせられないよ?」
水輝はにっこり笑ってそう言うと、正二が先ほど放り投げたエアーを拾って彼の口にあてた。すると彼は大人しく吸い始めたのだ。
翡翠は慌てて水輝のが持っているエアーに左手を添えた。深呼吸を繰り返す正二の背中に右手を当て、彼の呼吸を促す。
それを見て安心した水輝は再び洋祐の隣に並ぶと白衣を翻しながら颯爽と歩いて行ったのだった。
「先生、かっけーーーーー!!」
「いつもとベツジンだったよな!」
「そんけー!」
「ボク、ショウライ先生みたいなお医者さんでもいいかな…」
感動したのか口々にそう捲くし立てる男児達。翡翠は吸引が終った正二をベッドまで連れて行くと、先ほどの水輝の表情や行動を思い返していた。
洋祐のヤツと話していた時は別人みたいだったのに、正二を宥めている時の乾先生はいつもの天然ドクターだった…。
天然だけど、何か、こう、妙に説得力があったっていうか…その、眼力っていうヤツが凄かったって言うか…
楠 翡翠の中に芽生え始めた乾 水輝という男に対する感情に、その時の彼女はまだ気付かないでいたのだった。
「ふむふむ…」
「オレはペリドットがいい!!ショウライ、栂 和志(つが かずし)みたいなサワヤカイケメンになりたい!」
「ほぅ……」
「ボクはダイヤかな。塙 光也(はなわみつや)みたいにイヤシケイになりたいんだ」
「なるほど…」
「オレはダンゼンサファイア!!クールでニヒルな潮 魁李(うしおかいり)さ。オトコはやっぱこうでなくっちゃ」
「うんうん…」
「あの…ボクは…その…トパーズの曙 未幸(あけぼのみゆき)くんが。ミンナのムードメイカーだから…」
「そうだね。それも重要な役割だ」
百均で買ったメモ帳を片手に胡坐をかいて男児達の話を聞く水輝。
病室の中央に輪になって座っているオトコ達は実に楽しそうに話している。
そこへ…
「お~い、お前ら午後は正二の見舞い客が来るぞ……って、先生まで何やってんだ?」
「悪いな翡翠ねえちゃん。これはオトコダケのハナシアイなんだ。な?」
「うん。そうだね」
「そうだね…じゃないっ!!正二!お前これから愛しの真希ちゃんが来るんだぞ?さっさと顔洗って髪の毛梳かしてこい!!」
「いっけね……って!翡翠ねえちゃん、何でミンナの前でバラすんだっ!/////」
翡翠に名指しされた男児は顔を真っ赤にしながら病室から出て行った。
「ほらお前らもさっさとベッドに戻る!」
「ちぇっ……!翡翠ねえちゃんってさ、ミタメはクイーンアメジストなのに中身はブラックパールだもんな…」
「そうそう」
「コトバヅカイも悪いしね…」
「でも翡翠ねえちゃんヤサシイよ?ボクたちとよくアソんでくれるし…」
「うんうん。やっぱお前はわかってるんだな航太郎。太一、お前もちったあ見習えよ。それだからガールフレンドが出来ねーんだぞ?」
「けっ…女なんかいらねーよ。オレはショウライ『ココウのオトコ』……燈 一人のようになるんだからなっ!!」
翡翠が航太郎の頭をナデナデしていると、太一がふてくされつつベッドに戻った。
そして智雄も彼の後を追うようにベッドに戻る。
「先生もいつまでもんなとこで胡坐かいてないで下さい」
翡翠が腰に手を当て呆れた表情で水輝を見下ろした。その時…
「乾先生!!急患です!付近の交差点で少女が車にはねられたらしく救急車がこちらに向かっています!」
部田 洋祐がドアを開けると同時に水輝に向かって叫んだのだ。
すると水輝はすっくと立ち上がり静かな足取りで洋祐に近づき…
「容態は?」
「かなり重症らしいです。救急隊員が止血などの処置をしたそうですが、意識がはっきりせずうわ言でクラスメイトらしき名前を繰り返しているとか…」
「洋祐!!その女の子って黄色いリボンを結んでいて小2くらいじゃないか?」
「特徴なんてまだきーてねーよ。ただ、名前が椎崎…「マキちゃんだっ!!」…って!おい正二!お前顔が真っ青じゃねーか!」
何時の間にか洋祐の足元に縋りつくように正二が立っていたのだ。
「オレの…オレのせいだ!!マキちゃんが…マキちゃんが…!」
「落ち着け正二!」
洋祐から正二を剥がし、翡翠は彼の両肩に手を置いてその顔を覗き込む。
「とっ…とにかく!先生急いで下さい!!」
「あと何分で到着しますか?」
「道路事情にもよりますがもうまもなく…」
「迎える準備は出来てますか?」
「勿論です!!」
焦った表情の洋祐に対し、冷静に質問をする水輝。今の彼は数分前とは面代わりしていると言っても過言ではないほど凛々しい男の顔をしている。
翡翠は正二を宥めつつも、仕事モードの水輝に思わず見惚れてしまっていた。
その時…
ゴホゴホゴホゴホ!!!
正二が突然激しく咳をし出したのだ。彼は小児喘息持ちの子供である。
翡翠は慌てていつも吸引させているステロイド剤を探し正二の口にあてようとするが…
「ゴホゴホ…いやだ!!オレ、マキちゃんのところに行く!」
「馬鹿言うな!」
「ゴホゴホゴホ…マキちゃん…を…タスケに行くんだ!!」
「いいから吸うんだ!」
「ゴホゴホゴホゴホ…………」
「「「しょーじ!!」」」
「しょーじくん!」
翡翠の手を跳ね除け病室を出ようとする正二を心配する同室の男児達。すると水輝は…
「部田くん、ちょっとだけいいですか?」
「え?」
洋祐と一緒にいた水
輝がそのままの表情で洋祐に話しかけたのだ。そして洋祐が驚いている間に身体を折り曲げて咳をしている正二の元までやってきた。
「正二くん、マキちゃん…だっけ?彼女の事は僕に任せてくれないかな?」
「ゴホゴホゴホ……」
「僕はプロのお医者さんだよ?キミの大好きなサファイアは誰にも負けないくらい強いんだろうけど、僕だって怪我した人や病気の人を治すことだったら誰にも負けない」
「ゴホゴホゴホゴホ…せ…せんせ…ゴホゴホ…ほんと?」
「うん」
「ゴホゴホゴホゴホ…やく…そく…」
「うん。しよう」
「ゴホゴホゴホゴホ…マキちゃ…たすけ…ゴホゴホゴホ」
「うん。だから正二くんも楠さんの言う事を聞いてくれる?はい、これ吸って!キミが元気にならないと治療が終ってもマキちゃんに会わせられないよ?」
水輝はにっこり笑ってそう言うと、正二が先ほど放り投げたエアーを拾って彼の口にあてた。すると彼は大人しく吸い始めたのだ。
翡翠は慌てて水輝のが持っているエアーに左手を添えた。深呼吸を繰り返す正二の背中に右手を当て、彼の呼吸を促す。
それを見て安心した水輝は再び洋祐の隣に並ぶと白衣を翻しながら颯爽と歩いて行ったのだった。
「先生、かっけーーーーー!!」
「いつもとベツジンだったよな!」
「そんけー!」
「ボク、ショウライ先生みたいなお医者さんでもいいかな…」
感動したのか口々にそう捲くし立てる男児達。翡翠は吸引が終った正二をベッドまで連れて行くと、先ほどの水輝の表情や行動を思い返していた。
洋祐のヤツと話していた時は別人みたいだったのに、正二を宥めている時の乾先生はいつもの天然ドクターだった…。
天然だけど、何か、こう、妙に説得力があったっていうか…その、眼力っていうヤツが凄かったって言うか…
楠 翡翠の中に芽生え始めた乾 水輝という男に対する感情に、その時の彼女はまだ気付かないでいたのだった。
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