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白衣の天然貴公子 第六話2009/06/24 10:33

「ぐすっ…ひっく…ひっく……ふぇっ…」
「……らん姉さん、いい加減泣き止んでよ。」
「らって…らって…うぇ~んさんちゃぁ~ん!!」
「ああ。よしよしよし。泣くのはいいけどこれ以上くしゃみはやめてね?おかげでこの部屋ポルターガイスト状態になってるから」

そう言って珊瑚はハンカチを濡らしている長姉の藍晶にマグカップを渡した。
…勿論、空中を浮遊している目覚まし時計やクッション、リモコン類を避けつつだが…

「姉さん、ブレスレットを失くしたんだって?」

翡翠はそう言って呆れ顔のまま藍晶の部屋のドアに腕をくんだまま凭れかかった。
昨日夜勤だった彼女は今朝帰宅し、今のいままで隣で寝ていたのだ。

「ぐすっ…すいちゃんおはよ…」
「ったく!どうすんのさ!あたしならともかく姉さんはサイコキネシスだろ?仕事中に暴走したら大事だぜ?」
「そうなのよっ!!ね、すいちゃんどうしよぉ~~っ!私…私……ふぇっ…ふぇっ…」

顔をぐしゃぐしゃにしながら妹特性の極甘ミスクティーをすすっていた藍晶は、翡翠の言葉に反応したのかさらに号泣し始めた。
すると鼻がムズムズしてきたらしくサイコでマグカップをサイコで浮かせると同時にハンカチを鼻にあて…

「わわっ!くしゃみはすんなっ!!」
「藍姉さんストーーーーーーーーップ!!」

そんな長女の様子を見て翡翠と珊瑚は慌てて藍晶に駆け寄った。しかし…

「ぶへぇ~~っくしょんっ!!」
「「ぎゃあああああああっ!!!」」

藍晶がハンカチに向かって一際大きいくしゃみをすると、突然CDコンポが宙に浮いたのだった。
楠家長女の藍晶26歳は情緒不安定になると特殊能力が暴走するのだ。普段は能力制御の為にアイオライトのブレスレットをしている。
実は昨晩会社から帰宅し、スーツのまま寝てしまった藍晶は朝起きるとスーツを着替えシャワーを浴びに行った。
そしてインナーに着替えてほっとした瞬間にシャワーを浴びる前にブレスレットを外してなかった事に気がつき部屋中を探したという訳なのだ。

「明日からどうしよぉ~っ!!!」
「と…とりあえずさ、らん姉さん、交番に行って落し物の届けを出してみたら?」
「い…いや、それよか明日の朝一で会社の受付嬢に聞いた方が早いかもな…」

CDコンポをよけつつ翡翠と珊瑚は藍晶にそうアドバイスしたのだった。

**********************

「ね?あの話聞いた?」
「うんうん!!グレードアップした『彼』が帰ってくるんでしょ!」

藍晶のブレスレット紛失騒ぎがあったその翌日の昼過ぎ、翡翠がナース服に着替えてスタッフステーションに行くと、後輩達が興奮状態で何やら噂話をしていた。

「おはよ。何か彼女達楽しそうだよね」
「おはよう。ま、あの娘達にとっては楽しい話題だからね…」

同僚の姿を見つけた彼女は挨拶すると同時に疑問を投げかけたのだが、芳乃は複雑そうな表情を浮かべつつ曖昧な返答をしただけだった。
しかし翡翠を含めた遅番組が来たのを確認した婦長や主任らがミーティングを始めたので、彼女はそれ以上芳乃に聞くことが出来なかった。
そして引継ぎも終わり、芳乃を含む夜勤組みは早々とスタッフステーションから出て行ったのだった。

「…気になるけどあいつが話しくなさそうな話題みたいだから諦めるか…」

そう呟くと翡翠はワゴンの上のモノを確認し自分が担当している病室へと向かった。

「おっす!皆、ちゃんとメシは食ったか?」
「「「「「翡翠ねえちゃんっ!!!」」」」」

病室のドアを開けるやいなや駆け寄って来て彼女の腰回りに纏わりつく男児達。

「何だお前ら?どうした?ん?」

いつもは先頭を切って何かけしかけてくるか、元気良く挨拶してくる太一が彼女の下腹部あたりに顔を押し付けているのだ。
そして他の男児達の表情はとても不安げなのである。
そんな彼等に翡翠はワゴンを適当な位置に置くと優しく話しかけた。すると…

「そいつら今朝からずっとその調子だぜ?」

いつの間に来たのか洋祐が入り口のところに立っていたのだ。

「今朝から?…ってか洋祐、お前帰ったんじゃなかったのかよ?」

そう。実は洋祐は昨晩は芳乃と同じ夜勤だったのだ。しかし驚く翡翠を無視するかのように洋祐はツカツカと病室内に入ってきて…

「一番大事な事伝え忘れたから言いに来た」
「大事な事って?」
「(こそっ)あのな、近日中に小山内センセが帰国するんだと」

怪訝そうな表情の翡翠に耳打ちするように囁く洋祐。すると……

「だいじょうぶか?翡翠ねえちゃん」
「武(イサム)…」
「オレタチあんたの味方だからな!」
「正二…」
「ナニか言われたらココにきてよ」
「佑太…」
「シンパイすんな!『アイツ』が翡翠ねえちゃんにナニかしたらオレがタイジしてやる!」
「太一……?」
「ボクタチあなたのチカラになりたいんです」
「航太郎まで……」

不安そうに翡翠を見上げる十の瞳。翡翠はそれぞれの言葉で訴えてくる男児達の顔を見つめた。
洋祐の話を聞いた直後彼女は一瞬だけ苦痛を浮かべたかもしれない。しかしすぐもとの表情に戻った筈だった。だが敏感な子供達はそれを見逃す事が無かったのだろう。
更にひっつき虫の如く彼女の腰周りに張り付いて離れなくなった五人の男児。そんな子供達の様子を見て洋祐は苦笑しながら呟いた。

「ちっせえボディーガードが五人もついてるなら大丈夫だよな?」
「洋祐……もしかしてこいつらは…」
「ああ。口が軽い後輩達の噂話を聞いたんだろうよ。詳しい事はまだ決まってねーらしいんだが、俺達でなるべくフォローしてやるからお前もあまりこいつらの前で取り乱すなよ?」

洋祐はポンと翡翠の肩を軽く叩くと後手を振って病室から出て行ったのだった。

白衣の天然貴公子 第五話2009/05/11 10:01

「水兄、コレ何だ?」
「……百円均一ショップの眼鏡立てですが?」
「…じゃあさ、コレは?」
「ああ、それは先日彼女と一緒に買ったリモコンケースですよ。同じく百円均一ショップの…」

高級そうなテーブルに乗せられた二つの異色の物体を見て弟の優輝は怪訝な表情を浮かべた。
帝都大経済学部4年の優輝は4つ下の弟である。三人兄弟の二番目である水輝は去年まではアメリカの大学病院にいた。そこで日本人の男児の心臓移植手術を成功させ、今年の初めに帰国したのだ。
今彼が住んでいるマンションを見つけたのは弟の優輝で、契約などの手続きをしたのは兄の遙輝(ハルキ)である。
彼等…乾三兄弟…の父親は乾財閥の現頭首にして、日本屈指の大企業、乾グループの現総帥だ。
兄の遙輝は現在30歳。乾グループの薬品部門であるIN製薬が設立した薬科大の助教授をしている。
多忙な彼は契約後はここに来る事は無かったのだが、弟の優輝は自分がアルバイトをしている叔父の会社に近い為か頻繁にここに来る。
だが、数日前に彼が次兄のマンションに来た時にソレらは無かったのだ。
しかもその上…

「……水兄、煙草吸わねぇよな?」
「え?これは小物入れではないのですか?」
「へ?」
「だって、彼女が買っていたからてっきり……。ああ!そう言えば彼女、煙草を吸っていたような………」
「?????」

きょとんとした表情の弟にコーヒーカップを渡すと、水輝は惹き立て豆の香りを楽しむように一口含んだのだった。

************************

う~腹痛ぇ…

毎月やってくる「女の子の日」。翡翠はこの時期になると能力の制御が出来なくなる。

―――――きゃは♪乾先生に会っちゃったぁ~♪
そりゃ良かったね。

―――――今日の患者ムカツク~っ!!勝手にヒトのお尻に触んないでよっ!!
ご愁傷様でした。

―――――夜勤明けだから眠い~~~っ!!
はい。お疲れ様。

誰かとすれ違うたびに聞こえてくる心の声。それにいちいち心の中でコメントをつけながら目的地目指して歩く翡翠。

ピアスの制御機能が全く効かねえっ!!耳栓でもあればなんとかなるけど勤務中にんなモンつけらんねぇし。
…いや、つけててもこの時期は同じか…?あ~~うぜぇしかったりぃ……

院内にある薬局まで来ると、翡翠は扉を開けると同時に中にいる薬剤師に告げた。

「小児病棟の楠です。すみませ~ん、いつもの鎮痛剤下さ~い」
「……………」

いつもなら薬剤師の平岡が翡翠愛用のクスリを手渡してくれるのだが、今日に限って返事すら聞こえない。

「ったく…誰もいねえのかよ…。」

翡翠はそう呟きながら薬局に入って薬を物色し始めた。すると…

「いつもの…とはコレの事ですか?」
「!!!!!!」

いきなり彼女の目の前に伸びてきた長い腕。その手には翡翠が探していたブツがちゃんと握られていたのだ。

「い…乾先生何故ここに?」
「ちょっと太一くんに頼まれまして。それよりコレをお探しなのでは?」
「あ…はい。どうも」

思わぬところで苦手な人物に遭遇し、おずおずと両手を差し出しクスリを受取る翡翠。
しかし、目の前の若き小児科医は少し屈んで彼女の顔を覗き込み…

「おや?顔が真っ赤ですよ?」
「//////!!!!!!!!///////」

いつもなら退屈なクラッシックを聞いてると思って聞き流せる甘いテノールも、今日ばかりは脳内に響き渡る。
何しろ貧血と腹痛、その上情緒不安定というおまけまでついているのだ。

――――――――…頼むからこれ以上近寄らないでくれ!!じゃないとアンタの思考がこっちに流れて来ちまうんだよっ!!

そう思い一歩ずつ後退する翡翠。その時…

――――――そんなに潤んだ瞳で煽らないで下さい。変な気になっちゃうでしょう?

「へ?誰も煽ってなんか…ってか、普段天然なのになんでンナ台詞が出るんだよっ!!」
「?????」

―――――――月経というのは不思議ですね。普段は男勝りな女性をこんなにも色っぽくしてしまうんですから…

「//////なななな…何で知ってんだっ!!//////」
「???どうしました??」

―――――――出来ればこんな状態の貴方を他の男に見せたくない…

「たっ…頼むからこれ以上何も言うなぁ~~っ!!」
「え?僕は何も言って…って!待って下さい楠さん!!」

悲鳴をあげると同時に水輝が見せた一瞬の隙をついて、脱兎の如く逃げ出す翡翠。
薬局から飛び出すと、廊下を直走る。

ダメ!これ以上考えちゃ!!ダメ!これ以上アイツの思考を読んじゃ!!
あたしは恋なんて出来ないのっ!!姉さんを、珊瑚を守るって父さんと母さんに約束したあの日から……!!

あの日…それは楠夫妻が飛行機事故にあった日。
落下して行く飛行機から、彼等はありったけの思いを込めて翡翠に送ったのだ。
まさに炎上する寸前に。

『後を頼む!!』

そしてそれは翡翠が唯一両親から受け取った遺書となった。
すれ違う看護婦や医師、そして患者たちの表情が見えていないのか、翡翠は今にも聞こえてきそうな『彼』の思考を遮断しようと必死に自分に言い聞かせる。

―――――自分は一生をかけて姉と妹を守るのだ!!その為なら恋愛感情など持たない!
持ってはならない!………と。

『普段は強がっていてもやっぱり女だな。辛いんだろ?ほら、無理すんなって!』
――――――やめて!!あたしに構わないで!
『翡翠……俺と一緒に来てくれるよな?』
―――――ごめんなさい!それは出来ないのっ!!だってあたしは………!

身体が参っていると精神(こころ)まで弱くなる。去年翡翠が別れを告げた元恋人の千郷(ちさと)の言葉や姿を頭の中から追い出すように翡翠は頭をふると女子トイレに駆け込んだ。

「っっ……!!こんな女は………知らない…!」

洗面台の鏡に写る弱弱しい女性…本来の自分の姿を睨みつけると、彼女はギリっと下唇を噛んだのだった。

白衣の天然貴公子 第四話2009/05/02 11:11

「マキちゃん…マキちゃん……」
「へへ…ドジっちゃった」
「オレ、オレ、すっごくシンパイしたんだぞ!」
「ごめんね正二くん」

正二のクラスメイトであるマキの手術は成功に終った。翌朝目が覚めた彼女を見て、翡翠はこっそり小児病棟へ行き、まだ寝ている正二を叩き起こしたのだ。
そして彼をストレッチャーに乗せて隠すようにしてマキのいる病室へと運んだ。
マキはストレッチャーから出てきたクラスメイトの顔を見て一瞬驚いたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
一方正二は包帯だらけになっているマキを見て悲しそうな表情を浮かべたが、彼女の笑顔を見てつられて笑顔を浮かべ、たたた…と小走りに彼女のベッドに駆け寄った。

「あいつら……まだガキのくせに…」
「大変微笑ましい光景ですね…」

苦笑しながら二人を見守る翡翠の頭上から低めのテノールが聞こえて来た。驚いて見上げるといつのまに来たのかマキの執刀医の水輝が立っていたのだ。

「あ…あの…乾先生これは……」
「僕は何も言ってませんよ?」
「へ?」
「それより、いいですねぇ彼等。将来恋人同士になるのでしょうか」

そう呟く水輝の瞳はとても優しげで、慈愛に満ちていた。夜勤明けでしかも数時間前に執刀したというのに疲れ一つ見せない若き小児科医。
そんな彼につられて翡翠も笑顔を浮かべながら…

「そうですね。正二ならあの子の優秀な騎士(ナイト)になれます」
「おや?楠さんは恋人にそのような素質を求めてるんですか?」
「へ?あ…いや、これは…その…ほっ…ほら!アイツは将来サファイアになるのが夢だって言ってたし…?」

水輝の突っ込みに思わずたじろぐ翡翠。
すると…

「くす……今はそういう事にしときましょうか…」
「はい?」
「なんでもありませんよ。それより、そろそろ引継ぎの準備をしませんとね?僕はちょっと産科病棟に用がありますので、先に行ってて下さい」

そう言うと水輝はくるりと背を向けスタスタと歩いて行ってしまった。
翡翠はと言えば、一瞬我を忘れていたのだがすぐに正気に戻り戻るのを嫌がる正二を説得して再び彼をストレッチャーに乗せたのだった。

*********************

「あの………」
「何でしょう?」
「どうして一緒に来てんですか?」
「くすくす…偶然じゃないでしょうか?ほら、駅もこっちの方角でしょう?」

夜勤明け、翡翠がお気に入りの店に嬉々として向かっていると、後からコツコツという足音が聞こえて来たのだ。
彼女がよく入り浸っている百円均一ショップは実は病院の近くにある。駅に行く途中にあるソレは都内にしてみたら大きめの店舗であり、品数も豊富なのだ。

……車通勤のヤツが何で歩いて駅に向かう必要があるんだ?

翡翠はそんな事を思いながら歩く速度を速めた。しかしもともとコンパスが違う為後にいたはずの彼も難なく彼女に追いつき何時の間にか隣を歩いていた。
朝、しかも所謂通勤通学時間に肩を並べてあるく上下デニムの一見少年と見紛えてしまう女と、寝ぼけ眼も一気に冷めてしまう程のイケメン。
病院から一歩でるとそこは帝都大の敷地であり、そこを横切らないと駅や店に行けないのだ。

……コイツのせいで周りの視線が痛ぇ…

興味深々と言った様子で水輝を見つめる女子大生の視線は自ずと彼の横に肩を並べている翡翠に行くわけで、彼女は俯きながらムキになって足を動かした。
競歩の選手並のスピードで目的地についた翡翠は、肩で息をしながら隣の男ににっこりと微笑みかける。

「それでは私はここで買い物がありますので…」

これで漸く変な視線から解放される…!!彼女は水輝にペコリと頭をさげ「お疲れ様でした」と一言付け加えて店に入ったのだが…

『誰あのヒト!』
『こんな時間に来るって事は…うふっ♪帝大病院のお医者様だったりして…』
『あんなイケメンに診察されたぁ~い!』

レジから聞こえて来た溜息と話し声に、嫌な予感がした翡翠はくるりと後を振り返り…

「!!!!!!」
「おや?偶然ですね。実は僕もここで買いたいモノがあったんですよ」

嘘付け!嘘付け!嘘付けぇ~~~っ!!!
ダン●ルの万年筆を使っているボンボンがここでいったい何を買うって言うんだよっ!!

しかし、水輝が翡翠と一緒に買い物をするのはその日だけでは終らなかったのだ。
と言うより、以後彼女とあがる時間が同じ日に、水輝は毎回翡翠と一緒に買い物をし、彼女を最寄駅まで送り届けるようになったのである。

「この店といい、中にある興味深い品物といい、楠さんのおかげでいろいろ知る事が出来ましたよ。本当にありがとうございます」
「……どういたしまして」
「アメリカではルームメイトと住んでいたので、実は一人暮らしというのは初めてなんですよ。だからまた退勤時間が重なったら教えて頂いてもいいですか?この店の事は勿論ですが、食材の買い物に適したお店なんかも出来れば是非…」
「……私でお役に立つことでしたら…」

上機嫌の水輝に顔を引き攣らせながらも笑顔で応える翡翠。しかし、水輝はそんな彼女の様子を見て一瞬だけニヤリとした。

……偶然も三度続けば必然…ってね?まだこんなのは小手調べだから覚悟して下さい。僕は必ずキミを捕まえてみせますよ。翡翠さん。

そう。水輝は普段は天然なのに仕事場では敏腕小児科医に、そして恋愛面となるとどんな標的でもゲットしてしまう凄腕の(狩人)ハンターへと変貌してしまうのだ。
そんな彼が胸の内で考えていた事を知らない翡翠は、これはあくまでもボランティア精神なのだ!何も知らないボンボンに庶民の知恵を教えているに過ぎないのだ!と自分に言い聞かせ渋々付き合うのだった。
生まれながらのテレパシスト(感応力保持者)にも拘らず、水輝の本心に気付かない翡翠。そんな彼女が彼の心の声を聞く日は、もうまもなくの事である。

白衣の天然貴公子 第三話2009/04/28 10:51

「ルビーはな?いっちゃん強くてかっけーんだぜ。燈 一人(あかりかずと)がヘンシンするんだ」
「ふむふむ…」
「オレはペリドットがいい!!ショウライ、栂 和志(つが かずし)みたいなサワヤカイケメンになりたい!」
「ほぅ……」
「ボクはダイヤかな。塙 光也(はなわみつや)みたいにイヤシケイになりたいんだ」
「なるほど…」
「オレはダンゼンサファイア!!クールでニヒルな潮 魁李(うしおかいり)さ。オトコはやっぱこうでなくっちゃ」
「うんうん…」
「あの…ボクは…その…トパーズの曙 未幸(あけぼのみゆき)くんが。ミンナのムードメイカーだから…」
「そうだね。それも重要な役割だ」

百均で買ったメモ帳を片手に胡坐をかいて男児達の話を聞く水輝。
病室の中央に輪になって座っているオトコ達は実に楽しそうに話している。
そこへ…

「お~い、お前ら午後は正二の見舞い客が来るぞ……って、先生まで何やってんだ?」
「悪いな翡翠ねえちゃん。これはオトコダケのハナシアイなんだ。な?」
「うん。そうだね」
「そうだね…じゃないっ!!正二!お前これから愛しの真希ちゃんが来るんだぞ?さっさと顔洗って髪の毛梳かしてこい!!」
「いっけね……って!翡翠ねえちゃん、何でミンナの前でバラすんだっ!/////」

翡翠に名指しされた男児は顔を真っ赤にしながら病室から出て行った。

「ほらお前らもさっさとベッドに戻る!」
「ちぇっ……!翡翠ねえちゃんってさ、ミタメはクイーンアメジストなのに中身はブラックパールだもんな…」
「そうそう」
「コトバヅカイも悪いしね…」
「でも翡翠ねえちゃんヤサシイよ?ボクたちとよくアソんでくれるし…」
「うんうん。やっぱお前はわかってるんだな航太郎。太一、お前もちったあ見習えよ。それだからガールフレンドが出来ねーんだぞ?」
「けっ…女なんかいらねーよ。オレはショウライ『ココウのオトコ』……燈 一人のようになるんだからなっ!!」

翡翠が航太郎の頭をナデナデしていると、太一がふてくされつつベッドに戻った。
そして智雄も彼の後を追うようにベッドに戻る。

「先生もいつまでもんなとこで胡坐かいてないで下さい」

翡翠が腰に手を当て呆れた表情で水輝を見下ろした。その時…

「乾先生!!急患です!付近の交差点で少女が車にはねられたらしく救急車がこちらに向かっています!」

部田 洋祐がドアを開けると同時に水輝に向かって叫んだのだ。
すると水輝はすっくと立ち上がり静かな足取りで洋祐に近づき…

「容態は?」
「かなり重症らしいです。救急隊員が止血などの処置をしたそうですが、意識がはっきりせずうわ言でクラスメイトらしき名前を繰り返しているとか…」
「洋祐!!その女の子って黄色いリボンを結んでいて小2くらいじゃないか?」
「特徴なんてまだきーてねーよ。ただ、名前が椎崎…「マキちゃんだっ!!」…って!おい正二!お前顔が真っ青じゃねーか!」

何時の間にか洋祐の足元に縋りつくように正二が立っていたのだ。

「オレの…オレのせいだ!!マキちゃんが…マキちゃんが…!」
「落ち着け正二!」

洋祐から正二を剥がし、翡翠は彼の両肩に手を置いてその顔を覗き込む。

「とっ…とにかく!先生急いで下さい!!」
「あと何分で到着しますか?」
「道路事情にもよりますがもうまもなく…」
「迎える準備は出来てますか?」
「勿論です!!」

焦った表情の洋祐に対し、冷静に質問をする水輝。今の彼は数分前とは面代わりしていると言っても過言ではないほど凛々しい男の顔をしている。
翡翠は正二を宥めつつも、仕事モードの水輝に思わず見惚れてしまっていた。
その時…

ゴホゴホゴホゴホ!!!

正二が突然激しく咳をし出したのだ。彼は小児喘息持ちの子供である。
翡翠は慌てていつも吸引させているステロイド剤を探し正二の口にあてようとするが…

「ゴホゴホ…いやだ!!オレ、マキちゃんのところに行く!」
「馬鹿言うな!」
「ゴホゴホゴホ…マキちゃん…を…タスケに行くんだ!!」
「いいから吸うんだ!」
「ゴホゴホゴホゴホ…………」
「「「しょーじ!!」」」
「しょーじくん!」

翡翠の手を跳ね除け病室を出ようとする正二を心配する同室の男児達。すると水輝は…

「部田くん、ちょっとだけいいですか?」
「え?」

洋祐と一緒にいた水
輝がそのままの表情で洋祐に話しかけたのだ。そして洋祐が驚いている間に身体を折り曲げて咳をしている正二の元までやってきた。

「正二くん、マキちゃん…だっけ?彼女の事は僕に任せてくれないかな?」
「ゴホゴホゴホ……」
「僕はプロのお医者さんだよ?キミの大好きなサファイアは誰にも負けないくらい強いんだろうけど、僕だって怪我した人や病気の人を治すことだったら誰にも負けない」
「ゴホゴホゴホゴホ…せ…せんせ…ゴホゴホ…ほんと?」
「うん」
「ゴホゴホゴホゴホ…やく…そく…」
「うん。しよう」
「ゴホゴホゴホゴホ…マキちゃ…たすけ…ゴホゴホゴホ」
「うん。だから正二くんも楠さんの言う事を聞いてくれる?はい、これ吸って!キミが元気にならないと治療が終ってもマキちゃんに会わせられないよ?」

水輝はにっこり笑ってそう言うと、正二が先ほど放り投げたエアーを拾って彼の口にあてた。すると彼は大人しく吸い始めたのだ。
翡翠は慌てて水輝のが持っているエアーに左手を添えた。深呼吸を繰り返す正二の背中に右手を当て、彼の呼吸を促す。
それを見て安心した水輝は再び洋祐の隣に並ぶと白衣を翻しながら颯爽と歩いて行ったのだった。

「先生、かっけーーーーー!!」
「いつもとベツジンだったよな!」
「そんけー!」
「ボク、ショウライ先生みたいなお医者さんでもいいかな…」

感動したのか口々にそう捲くし立てる男児達。翡翠は吸引が終った正二をベッドまで連れて行くと、先ほどの水輝の表情や行動を思い返していた。

洋祐のヤツと話していた時は別人みたいだったのに、正二を宥めている時の乾先生はいつもの天然ドクターだった…。
天然だけど、何か、こう、妙に説得力があったっていうか…その、眼力っていうヤツが凄かったって言うか…

楠 翡翠の中に芽生え始めた乾 水輝という男に対する感情に、その時の彼女はまだ気付かないでいたのだった。

白衣の天然貴公子 第二話2009/04/05 13:39

「ハックション!!」

スッ…

「うわっ!!珊瑚ぉ~、いくら花粉症の時期だからっていきなり現れるなよ…」

突然目の前に現れた妹を見てパジャマ姿の翡翠は驚いた。そんな彼女の目の前には同じくパジャマ姿で鼻をすすっている少女。そう。彼女の妹の珊瑚(さんご)17歳である。

「ごめん翠姉…うっく…ふぁっ…ふぁっ…ふぁっ…ハックション!!!」

スッ…

「…またどこかにワープしたな?あんなんで学校大丈夫なのか?」

翡翠は心配顔で妹が消えていった方向を見つめていた。
一方珊瑚は次姉の心配とは他所にキッチンにテレポートしており、早速朝食の準備をしていたのだ。
鍋に水を入れてコンロにかける。その間にスープの材料を切ってついでにサラダの材料を切る。
今日の朝食は洋風でコンソメスープとトーストにマーマレードを塗って、メインディッシュはプレーンオムレツにグリーンサラダだ。
三人分のオムレツが焼き上がった時、長女である藍晶(らんしょう)26歳が起きてきた。

「ふわぁ~。おはよさんちゃん。良い匂いね」
「おはよう藍姉」

彼女達の両親は仕事でアフリカに行っていたのだが、去年飛行機事故で亡くなった。
今彼女達が住んでいるこのマンションは言わば両親の形見といってもいい。家族で住めるように3LDKでロフト付きのセキュリティのしっかりしたマンションを購入した時は、長女の藍晶が既に留学先から帰国して働き始め、次女の翡翠は看護学校を卒業して病院勤務をしていた。故に二人の稼ぎがあったから買えたような物件だったと言えよう。

「ふぇっ…ふぇっ…」
「ストーーーーーーーーップ!!珊瑚、今くしゃみしたら学校に無事に行けなくなるぞ!」
「うっ…それは困る!」
「もぐもぐ…うん。このオムレツ美味しい~~っ!」

珊瑚特性のチーズオムレツを頬張りご満悦の長女。
すると彼女の歓声と同時にテーブルの上にある調味料がふよふよと浮き出したのだ。

「こら!興奮するな。これじゃドレッシングをかけらんねぇだろうがっ!!」
「藍姉さん、ドレッシングが浮いてるよ?」
「ごめぇ~んすいちゃん。ちょっと待ってて?今降ろすから」

そう言うと藍晶は箸を置き、両手を組んで祈るような姿勢を取り、目を閉じて集中し始めた。
元の位置に収まった調味料達を見て朝食を再開する翡翠と珊瑚。そんな妹たちを見て藍晶はペロっと舌を出す。

「はぁ~~(溜息)漸くコレでメシが食える…」
「そだね゛」
「へへ……なかなか制御出来なくて…」

実は彼女達にはある秘密があった。
長女の藍晶はサイコキノ(念動力保持者)で、次女の翡翠はテレパシスト(精神感応力保持者)、三女の珊瑚はテレポーター(瞬間移動能力保持者)なのだ。
母方の姓である月見里(やまなし)家では代々特殊能力が隔世遺伝しており、彼女達の祖母は同じ三姉妹であり、三姉妹と同様の力を持っていた。
そしてそれぞれの力を三つの宝石を身につけることで普段はセーブしていたという。
彼女達の名前の由来になっている三つの宝石を、彼女達の叔母…父親の妹…がたまたまジュエリーデザイナーをしており、それぞれブレスレット・ピアス・アンクレットに加工してくれたのだ。

「珊瑚、ごっそさん。アンクレット絶対忘れるなよ?それと、あまりひどかったらコレ飲みな。いつもの薬を薬局で処方して貰ったから」
「ぐすぐす…ありがと」
「どういたしまして。あ、今日あたし夜勤だから、戸締りしっかりとな?それと、この時期はなるべくアンクレットを外すなよ?」
「(チーン!)…わがっでま゛ず」
「ふふ…すいちゃん、さんちゃんの事がよっぽど心配なのね?」
「この時期は特にな?珊瑚は普段しっかりしてるから尚更心配なんだよ。ほら、姉さんも仕度しないと遅刻するぞ!」
「いっけなぁ~い!」

翡翠に急かされて藍晶もイスから立ち上がる。珊瑚はそんな二人の姉の様子を見ながらもう一度ティッシュで鼻をかんだ。

***************************

『……でね、ゴツンって頭ぶつけちゃったの』
『マジかよ。なぁ、あの先生ってもしかして天然なんか?』
『くすくす…自動ドアと勘違いしたって?』

翡翠が制服に着替えてスタッフルームに行くと、同僚達が談笑していた。

「はよ」
「あ!翡翠!ね、新しく小児病棟に来た乾先生ってどう?」
「どうって………変な金持ち?」

看護学校時代のクラスメイトで産科病棟担当の岩淵 彩音が興味深々と言った様子で聞いてきた。
翡翠はちょっと考えてから返答したのだが…

「やっぱり~~っ!」
「天然の上に変人ってか?」

同じく同僚で翡翠と同じ小児病棟担当の看護士である部田(とりた) 洋祐がくっくと笑いながらそう言った。
彼は翡翠や彩音と違い大学の看護学部を出ている為一つ年上にあたる。

「おいブタ!何その天然って」
「ブタじゃねぇっ!と・り・た!!」
「どっちでもいいじゃん。乾先生ってさ、普段ちょっとぽやぁ~っとしてるでしょ?さっきも話してたんだけど、昨日ね、小児病棟から産科病棟へ行く途中の渡り廊下でドアに激突していたの」

同じく同僚の笈川 芳乃がくすくす笑いながら説明し始めた。

「あとさ、あの先生背がやたらと高ぇから病室に入る時に頭ぶつけてたし?」
「あんたが小っこいんだろ?」
「俺はこれでも平均より高い方だっつーの!!」

確かに洋祐の身長は179cmなので同年齢の男性からしてみたら高い方に入るだろう。
しかし…

「ようちゃん仕様がないよ。だって乾先生外人並に背が高いし?それに小山内先生だって180cm以上あったじゃ…」
「彩音!!」

同僚の口からポロリと零れた翡翠のかつての恋人の名前を聞いて思わず怒鳴る芳乃。

「……いいよ芳乃。あたし、もう大丈夫だから。あ!あたしもう行くな?ほら、引継ぎとかあるし?……洋祐、夜勤お疲れさん。早く帰ってたっぷり寝ろよ?」
「あ…ああ」
「翡翠、ごめんね」
「いいって言ってんだろ?彩音」
「翡翠、無理…しないでね?あたし達いつでもアンタの愚痴くらい付き合ってあげれるから」
「サンキュー芳乃」

しゅんとしてしまった彩音の頭をやさしくポンと叩き、洋祐や芳乃に笑顔で応える翡翠。
芳乃はそんな彼女が去って行く後姿を見て溜息をついたのだった。