クリスマスの奇跡~異邦人(エトランゼ)だって恋をする~ ――次女 天音編―― ― 2009/12/25 17:14
パチ………
目を開けると真っ先に飛び込んで来たのは見たこともない壁紙と照明だった。
あたしはいったい……そうだ!確かウチに一昔前の洋画に出てきそうな如何にもって服装のおじいさんがやってきて……それからどうなったんだっけ?
まだ覚醒していない頭をフル回転させどうにか記憶を辿ってみる。
あ!!姉さんと雫!
ガバッ…
「こうしちゃいられないわ。何とか二人の思念を辿って……」
あきらかにダブルサイズ以上とわかるほどの大きなベッドから降りると、あたしは窓に向かって歩き出した。
「…………二人なら心配…ない」
「え?」
聞き覚えがあるような無いような低い声が突然あたしの耳に飛び込んで来たのだ。
窓のサンに足を引っ掛けたまま声のする方へ振り向くと…
「礼(らい)くん……?」
譜堂 礼……それはあたしの後輩くんで、しかも3年越しであたしが片思いしている相手だ。
あたしは保専を卒業後、運良くすぐ近所の保育園に就職する事が出来た。そして翌年補助養育員として入ってきたのが彼なのだ。
背が高くて肩幅もガッシリしている彼は、手も足も長くてモデル顔負けの体躯をしている。顔だってまるでギリシャ彫刻のように一つ一つのパーツがはっきりしていて思わずデッサンしたくなるくらい。
なのに、彼はそんな外見からは想像もつかないほど口数が少ない。
一見無愛想に見られがちだけど、凄く真面目で子供に優しいのだ。
仕事覚えも早いし、力持ちで大変頼り甲斐がある彼は、翌年にはあたしと同じように一クラスを受け持つようになっていた。
その礼くんがここにいるって事は………考えられる事は一つよね?
「あ、もしかしてここは貴方の家なの?あたしどこかで倒れてたのかな?」
「………セバスチャンが連れて来た」
「セバス?誰それ?」
「…………天音さんが見たじーさん」
珍しく礼くんがポツリポツリだけどあたしの質問にちゃんと回答してる………なんて感心してる暇はないわっ!
とりあえず二人の状況を確認しなきゃ…
「あたしの事、介抱してくれたのよね?ありがとう礼くん。でもあたしやらなきゃいけない事があるから、それじゃ……」
「…………隣のマンション…」
「え?」
「…………地下室と最上階。そこに天音さんの姉妹はいる」
あたしは窓のサンにかけていた足を一旦下ろして彼の前に立った。
「……最初からわかるように説明してくれるかな」
彼の口から出てくる言葉だけじゃ納得出来ないあたしは、冷静になれと自分に言い聞かせながら礼くんを凝視した。
普段は園指定のエプロンに上下の着古したジャージ姿の彼は、今は黒のタートルネックのセーターに濃紺のデニムを履いている。
しかもいつもはボサボサでところどころ寝ぐせがついている黒髪も、今はちゃんと梳かしてあるのかやけにサラサラ感がある。
………いつもそうしていればパリコレのモデルみたいなのに…
思わず見惚れそうになるのを堪えてもう一度礼くんの顔を見上げる。
身長190cmの彼はあたしより30cmも高い為、正直この状態は首が痛い。でもそんな事に構ってられないのだ。
今あたしがやらなければならない事は一刻も早く二人を見つけて家に帰る事なのだから。
****************
「何ですって!?それ本当なの礼くん?」
「……………」
彼の口から出た言葉にいちいち驚いているあたし。
だって無理もない。雫が今いるのは彼女が通っている学校の先生のマンションで、磨子姉さんがいるのは姉さんが勤めている雑誌社で売り出し中の作家が所有しているマンションだっていうんだから!!
「なら尚更早く二人を連れて帰らなきゃ!!」
「…………何故?」
「何故って……これ以上辛くならない為よ!どうせ結ばれない相手なんだから!」
「……………結ばれない?」
「絶対に恋しちゃいけない相手だって事!それよりあたし今からそこへ行くわ!隣のマンションだったよね?」
あたしは座っていたベッドから立ち上がると再び窓際に行った。窓を開けてサンに足をかけるが……
ひょい…
「ちょっ……何で!」
いきなり浮遊感を感じたかと思ったら、何時の間にかあたしの身体に長い腕が巻きついていたのだ。
「………彼等から頼まれた」
「え?今何て?」
「……………俺も大事な話がある」
「礼く…ん?」
「天音さんに聞いて欲しい!」
最後の言葉はいつもと様子が違っていた。それに背中から彼の激しい鼓動が伝わってくる。
「とりあえず、降ろして?」
いつまでも抱っこされたままじゃ恥ずかしいし、足がついていないのはどうにも落ち着かない。
足をばたつかせながら後でガッチリと抱え込んでいる彼に懇願する。
「……………約束してくれるなら」
「約束?」
「………俺の話が終るまでここから出ないって…」
耳元で彼が喋っているせいか、背中がぞくぞくして今にも力が抜けそうになる。
でもあたしは自分を奮い立たせ、礼くんに見えるようにこくこく頷いた。
すると彼はあたしをベッドに再び座らせるようにストンと降ろした。
そしてパソコンデスクのところからイスを持ってくるとドスンと乱暴に腰掛けた。
「で、話って?」
「…………俺の話の前に、彼等からの伝言がある」
「彼等?」
「……アドからは『妹さんの事は任せて下さい。必ず幸せにすると約束します』
「へ?妹って…雫の事?だってあの子の片思いの相手って学校の…」
「………それとヴォルから『まだ半人前だけど磨子さんを全力で守ります』って」
「アドさんとヴォルさん……だったっけ?彼等は誰なの?」
「………アドはヴァンパイアで本名はアドリアン・フロレスク。彼は高校の教師をしている」
「高校ってまさか……!」
「…………黒耀高校」
思わず頭を抱え込むあたし。
ちょっと待ってよ!妹さんの事を任せてって……そういう意味よね?で、しかもソレがあの子の通っている学校の先生で……ん?確か彼その前に何か言ってたわよね?
「礼くん、悪いけど、さっきアドリアンさんとやらは何者だって言った?」
「…………高校教師」
「その前!!」
「…………ヴァンパイア?」
「そう!それよっ!!……って!ヴァンパイア~~!?それって吸血鬼って事?」
「…………………」
無言で頷く礼くん。
今彼の口からでた言葉を整理すると、今あの娘と一緒にいるのは実は只の高校教師じゃなくて吸血鬼で、しかもその男は雫を伴侶にするような事をあたしに言ってる訳で……
「で、最初の礼くんの話だと、今、妹はそのヴァンパイア先生と一緒にいるって事よね?」
「……………………」
またも無言で頷く彼。
黒耀高校の教師………もしかしてあの娘が正体を見られた相手?
……一瞬ロマン小説特有のご都合主義的展開を考えた。
まさか…!まさか…ね?世の中そんなに上手く行く筈が無いし……?
思考の小箱に入ったあたしに、礼くんはポツリと付け加える。
「…………アドは武藤 吾(あたる)という名前で国語教師をしながら不動産業も手がけている。だから……その……安心して妹さんを任せても大丈夫だと……思う」
ムトウって言うのか………はいはいムトウねぇ………あれ?それって雫が好きだって言ってた先生の名前じゃあ……?
「……まさかそんな少女漫画で王道な事が現実に起きるなんて…」
「………ヴォル……本名はヴォルフ・アーヘンバッハ…はワー・ウルフで、確か『狼』ってペンネーム?とやらでファンタジー?というモノを書いてる。
……まだ作家デビューして間もないが、お姉さんの事は真面目に考えてる……と言ってた」
ロウ?それって………確か今姉さんが担当している新人作家くん…だったよね?しかもワー・ウルフ……もしかして狼男?
まさかこっちも雫同様の展開になってるって事?
いつも以上どころか1年分喋ったんじゃないかって思える礼くんの説明を、必死で頭の中で整理して出た結論に、あたしはホッとした。
「……何だ。二人とも今幸せなんじゃん……」
「…………天音さんは……」
「え?」
「………今、幸せじゃない?…」
なっ…!何であたし?
そりゃあ正直長年片思いしていた相手との二人っきりのこの状態を幸せじゃないって言ったら嘘になるけど………でもね、あたし妖怪なのよ?礼くんは足に自信があるみたいだけど、実は韋駄天のあたしが“力”を出せばよっぽど速いのよ?
「……幸せじゃないって言ったら嘘になるけど……」
「…………それって…」
「ストーーーーーーーップ!!!もう貴方に会う事は無いと思うから正直に言うけど、あたし人間じゃないの」
「…………知ってる」
「え?」
「…………それ……見ればわかる」
そう言って彼はあたしを指差した。
ヒトに向かって指を差してはいけませんっ!!……って思わず叱りそうになったけど、恐る恐る視線を下げて自分の格好を確認してみる。
………って!ええ~~~っ!?何で?何であたし韋駄天の姿なの?
膝上の短めの着物に、足には膝下あたりで結ぶ長い紐がついた…今で言うサンダル?…のような靴。
……そう言えばさっきから足元がスースーするって思ってたのよね…
「…………俺もこれ本当の姿」
「え?礼くん何言って…」
「……ヴァンパイアと狼男は従兄弟。……だから俺も妖怪」
何時の間にか目の前に礼くんが立っていた。そしてゆっくりとしゃがむとあたしに視線を合わせる。
「………俺の目を見て…?」
「目?………って!嘘っ!!!」
あたしを見上げる礼くんの瞳を彼に言われるままに観察していたら……いつも強い輝きを持つ黒曜石の瞳が………
「…………天音さんと同じ」
「うん。金色だね」
「…………俺、ゴーレム。名前、アロン・エフレイム…」
「ふぅん……って!ええっ!嘘………」
「…………本当。実年齢は300歳」
「え!嘘!年上~?しかも磨子姉さんと同じ?」
「…………人間だと27」
「嘘っ!そっちでも年上じゃないっ!」
「………天音さん、さっきから『嘘』ばっか言ってる…」
くすっ………
「っ…!!!!!!」
「…………???」
いっ…いいいい今、彼、笑った……よね!?
あたしの見間違いなんかじゃないよね!
固まっているあたしに礼くん…超イケメンなゴーレムはきょとんとした表情をしている。
だって!初めて見たもん!子供達の前でもニコリともしない彼の、所謂、微笑ってヤツ?
駄目だ!今あたし顔が火照ってる!!
スッ…
「え?っちょっ…////////」
「…………天音さん、真っ赤。……可愛い…」
イケメンゴーレムは何時の間にか身を乗り出してその大きな手であたしの両頬に触れた。
近いっ!ちょっと!ドアップにまだ慣れてないんだからっ!!
顔をそらせたくてもガッチリ掴まれて動かせない。視線をそらそうにもあまりにも眼差しが優しくてもっともっと見つめていたくなる。
すると彼の彫刻のような顔が近づいてきて……………思わずあたしは目を閉じた。
「……ん……」
まるでファーストキスのような短いキス。だけど初めて触れた唇は以外にも柔らかくて…
「………俺も、約束したい。天音さんの未来、託して欲しい…」
「え?」
「………4年前、面接に来た時、一目惚れ……だった」
「え?4年前って……だって礼くんは3年前にウチに補助として…」
「…………アレの創設者、俺………」
「ええ~~っ!!嘘っ!じゃ、何で今保父して……」
「…………一緒に働きたい…思った」
「嘘っ!」
「………本当。……で、更に惚れた」
な……何ていう日なんだろう!もう!正直頭が混乱し過ぎて何が何だか訳がわかんないよ………。
そんなあたしにお構い無しにイケメンゴーレムはその長い腕であたしの身体を引き寄せ抱きしめる。
ドクッドクッドクッ……
「くす……心臓、ドキドキしてる…」
「………緊張してる…から」
「くすくす…いつもの倍以上喋ったから疲れたでしょう?それが告白なら尚更じゃない?」
「………………」
また無言に戻っちゃったけど、多分今彼頷いてるんだと思う。
今日は貴重なモノを見れたし、いつもはちょっとしか聞けない彼のハスキーボイスも沢山聞けたし、得しちゃったな~。
――――それにしても、ゴーレムと韋駄天の組み合わせってどうよ?……って思うけど、姉さん達だって西洋妖怪と日本妖怪の組み合わせだし…人外同士なら問題なし…よね?
目を開けると真っ先に飛び込んで来たのは見たこともない壁紙と照明だった。
あたしはいったい……そうだ!確かウチに一昔前の洋画に出てきそうな如何にもって服装のおじいさんがやってきて……それからどうなったんだっけ?
まだ覚醒していない頭をフル回転させどうにか記憶を辿ってみる。
あ!!姉さんと雫!
ガバッ…
「こうしちゃいられないわ。何とか二人の思念を辿って……」
あきらかにダブルサイズ以上とわかるほどの大きなベッドから降りると、あたしは窓に向かって歩き出した。
「…………二人なら心配…ない」
「え?」
聞き覚えがあるような無いような低い声が突然あたしの耳に飛び込んで来たのだ。
窓のサンに足を引っ掛けたまま声のする方へ振り向くと…
「礼(らい)くん……?」
譜堂 礼……それはあたしの後輩くんで、しかも3年越しであたしが片思いしている相手だ。
あたしは保専を卒業後、運良くすぐ近所の保育園に就職する事が出来た。そして翌年補助養育員として入ってきたのが彼なのだ。
背が高くて肩幅もガッシリしている彼は、手も足も長くてモデル顔負けの体躯をしている。顔だってまるでギリシャ彫刻のように一つ一つのパーツがはっきりしていて思わずデッサンしたくなるくらい。
なのに、彼はそんな外見からは想像もつかないほど口数が少ない。
一見無愛想に見られがちだけど、凄く真面目で子供に優しいのだ。
仕事覚えも早いし、力持ちで大変頼り甲斐がある彼は、翌年にはあたしと同じように一クラスを受け持つようになっていた。
その礼くんがここにいるって事は………考えられる事は一つよね?
「あ、もしかしてここは貴方の家なの?あたしどこかで倒れてたのかな?」
「………セバスチャンが連れて来た」
「セバス?誰それ?」
「…………天音さんが見たじーさん」
珍しく礼くんがポツリポツリだけどあたしの質問にちゃんと回答してる………なんて感心してる暇はないわっ!
とりあえず二人の状況を確認しなきゃ…
「あたしの事、介抱してくれたのよね?ありがとう礼くん。でもあたしやらなきゃいけない事があるから、それじゃ……」
「…………隣のマンション…」
「え?」
「…………地下室と最上階。そこに天音さんの姉妹はいる」
あたしは窓のサンにかけていた足を一旦下ろして彼の前に立った。
「……最初からわかるように説明してくれるかな」
彼の口から出てくる言葉だけじゃ納得出来ないあたしは、冷静になれと自分に言い聞かせながら礼くんを凝視した。
普段は園指定のエプロンに上下の着古したジャージ姿の彼は、今は黒のタートルネックのセーターに濃紺のデニムを履いている。
しかもいつもはボサボサでところどころ寝ぐせがついている黒髪も、今はちゃんと梳かしてあるのかやけにサラサラ感がある。
………いつもそうしていればパリコレのモデルみたいなのに…
思わず見惚れそうになるのを堪えてもう一度礼くんの顔を見上げる。
身長190cmの彼はあたしより30cmも高い為、正直この状態は首が痛い。でもそんな事に構ってられないのだ。
今あたしがやらなければならない事は一刻も早く二人を見つけて家に帰る事なのだから。
****************
「何ですって!?それ本当なの礼くん?」
「……………」
彼の口から出た言葉にいちいち驚いているあたし。
だって無理もない。雫が今いるのは彼女が通っている学校の先生のマンションで、磨子姉さんがいるのは姉さんが勤めている雑誌社で売り出し中の作家が所有しているマンションだっていうんだから!!
「なら尚更早く二人を連れて帰らなきゃ!!」
「…………何故?」
「何故って……これ以上辛くならない為よ!どうせ結ばれない相手なんだから!」
「……………結ばれない?」
「絶対に恋しちゃいけない相手だって事!それよりあたし今からそこへ行くわ!隣のマンションだったよね?」
あたしは座っていたベッドから立ち上がると再び窓際に行った。窓を開けてサンに足をかけるが……
ひょい…
「ちょっ……何で!」
いきなり浮遊感を感じたかと思ったら、何時の間にかあたしの身体に長い腕が巻きついていたのだ。
「………彼等から頼まれた」
「え?今何て?」
「……………俺も大事な話がある」
「礼く…ん?」
「天音さんに聞いて欲しい!」
最後の言葉はいつもと様子が違っていた。それに背中から彼の激しい鼓動が伝わってくる。
「とりあえず、降ろして?」
いつまでも抱っこされたままじゃ恥ずかしいし、足がついていないのはどうにも落ち着かない。
足をばたつかせながら後でガッチリと抱え込んでいる彼に懇願する。
「……………約束してくれるなら」
「約束?」
「………俺の話が終るまでここから出ないって…」
耳元で彼が喋っているせいか、背中がぞくぞくして今にも力が抜けそうになる。
でもあたしは自分を奮い立たせ、礼くんに見えるようにこくこく頷いた。
すると彼はあたしをベッドに再び座らせるようにストンと降ろした。
そしてパソコンデスクのところからイスを持ってくるとドスンと乱暴に腰掛けた。
「で、話って?」
「…………俺の話の前に、彼等からの伝言がある」
「彼等?」
「……アドからは『妹さんの事は任せて下さい。必ず幸せにすると約束します』
「へ?妹って…雫の事?だってあの子の片思いの相手って学校の…」
「………それとヴォルから『まだ半人前だけど磨子さんを全力で守ります』って」
「アドさんとヴォルさん……だったっけ?彼等は誰なの?」
「………アドはヴァンパイアで本名はアドリアン・フロレスク。彼は高校の教師をしている」
「高校ってまさか……!」
「…………黒耀高校」
思わず頭を抱え込むあたし。
ちょっと待ってよ!妹さんの事を任せてって……そういう意味よね?で、しかもソレがあの子の通っている学校の先生で……ん?確か彼その前に何か言ってたわよね?
「礼くん、悪いけど、さっきアドリアンさんとやらは何者だって言った?」
「…………高校教師」
「その前!!」
「…………ヴァンパイア?」
「そう!それよっ!!……って!ヴァンパイア~~!?それって吸血鬼って事?」
「…………………」
無言で頷く礼くん。
今彼の口からでた言葉を整理すると、今あの娘と一緒にいるのは実は只の高校教師じゃなくて吸血鬼で、しかもその男は雫を伴侶にするような事をあたしに言ってる訳で……
「で、最初の礼くんの話だと、今、妹はそのヴァンパイア先生と一緒にいるって事よね?」
「……………………」
またも無言で頷く彼。
黒耀高校の教師………もしかしてあの娘が正体を見られた相手?
……一瞬ロマン小説特有のご都合主義的展開を考えた。
まさか…!まさか…ね?世の中そんなに上手く行く筈が無いし……?
思考の小箱に入ったあたしに、礼くんはポツリと付け加える。
「…………アドは武藤 吾(あたる)という名前で国語教師をしながら不動産業も手がけている。だから……その……安心して妹さんを任せても大丈夫だと……思う」
ムトウって言うのか………はいはいムトウねぇ………あれ?それって雫が好きだって言ってた先生の名前じゃあ……?
「……まさかそんな少女漫画で王道な事が現実に起きるなんて…」
「………ヴォル……本名はヴォルフ・アーヘンバッハ…はワー・ウルフで、確か『狼』ってペンネーム?とやらでファンタジー?というモノを書いてる。
……まだ作家デビューして間もないが、お姉さんの事は真面目に考えてる……と言ってた」
ロウ?それって………確か今姉さんが担当している新人作家くん…だったよね?しかもワー・ウルフ……もしかして狼男?
まさかこっちも雫同様の展開になってるって事?
いつも以上どころか1年分喋ったんじゃないかって思える礼くんの説明を、必死で頭の中で整理して出た結論に、あたしはホッとした。
「……何だ。二人とも今幸せなんじゃん……」
「…………天音さんは……」
「え?」
「………今、幸せじゃない?…」
なっ…!何であたし?
そりゃあ正直長年片思いしていた相手との二人っきりのこの状態を幸せじゃないって言ったら嘘になるけど………でもね、あたし妖怪なのよ?礼くんは足に自信があるみたいだけど、実は韋駄天のあたしが“力”を出せばよっぽど速いのよ?
「……幸せじゃないって言ったら嘘になるけど……」
「…………それって…」
「ストーーーーーーーップ!!!もう貴方に会う事は無いと思うから正直に言うけど、あたし人間じゃないの」
「…………知ってる」
「え?」
「…………それ……見ればわかる」
そう言って彼はあたしを指差した。
ヒトに向かって指を差してはいけませんっ!!……って思わず叱りそうになったけど、恐る恐る視線を下げて自分の格好を確認してみる。
………って!ええ~~~っ!?何で?何であたし韋駄天の姿なの?
膝上の短めの着物に、足には膝下あたりで結ぶ長い紐がついた…今で言うサンダル?…のような靴。
……そう言えばさっきから足元がスースーするって思ってたのよね…
「…………俺もこれ本当の姿」
「え?礼くん何言って…」
「……ヴァンパイアと狼男は従兄弟。……だから俺も妖怪」
何時の間にか目の前に礼くんが立っていた。そしてゆっくりとしゃがむとあたしに視線を合わせる。
「………俺の目を見て…?」
「目?………って!嘘っ!!!」
あたしを見上げる礼くんの瞳を彼に言われるままに観察していたら……いつも強い輝きを持つ黒曜石の瞳が………
「…………天音さんと同じ」
「うん。金色だね」
「…………俺、ゴーレム。名前、アロン・エフレイム…」
「ふぅん……って!ええっ!嘘………」
「…………本当。実年齢は300歳」
「え!嘘!年上~?しかも磨子姉さんと同じ?」
「…………人間だと27」
「嘘っ!そっちでも年上じゃないっ!」
「………天音さん、さっきから『嘘』ばっか言ってる…」
くすっ………
「っ…!!!!!!」
「…………???」
いっ…いいいい今、彼、笑った……よね!?
あたしの見間違いなんかじゃないよね!
固まっているあたしに礼くん…超イケメンなゴーレムはきょとんとした表情をしている。
だって!初めて見たもん!子供達の前でもニコリともしない彼の、所謂、微笑ってヤツ?
駄目だ!今あたし顔が火照ってる!!
スッ…
「え?っちょっ…////////」
「…………天音さん、真っ赤。……可愛い…」
イケメンゴーレムは何時の間にか身を乗り出してその大きな手であたしの両頬に触れた。
近いっ!ちょっと!ドアップにまだ慣れてないんだからっ!!
顔をそらせたくてもガッチリ掴まれて動かせない。視線をそらそうにもあまりにも眼差しが優しくてもっともっと見つめていたくなる。
すると彼の彫刻のような顔が近づいてきて……………思わずあたしは目を閉じた。
「……ん……」
まるでファーストキスのような短いキス。だけど初めて触れた唇は以外にも柔らかくて…
「………俺も、約束したい。天音さんの未来、託して欲しい…」
「え?」
「………4年前、面接に来た時、一目惚れ……だった」
「え?4年前って……だって礼くんは3年前にウチに補助として…」
「…………アレの創設者、俺………」
「ええ~~っ!!嘘っ!じゃ、何で今保父して……」
「…………一緒に働きたい…思った」
「嘘っ!」
「………本当。……で、更に惚れた」
な……何ていう日なんだろう!もう!正直頭が混乱し過ぎて何が何だか訳がわかんないよ………。
そんなあたしにお構い無しにイケメンゴーレムはその長い腕であたしの身体を引き寄せ抱きしめる。
ドクッドクッドクッ……
「くす……心臓、ドキドキしてる…」
「………緊張してる…から」
「くすくす…いつもの倍以上喋ったから疲れたでしょう?それが告白なら尚更じゃない?」
「………………」
また無言に戻っちゃったけど、多分今彼頷いてるんだと思う。
今日は貴重なモノを見れたし、いつもはちょっとしか聞けない彼のハスキーボイスも沢山聞けたし、得しちゃったな~。
――――それにしても、ゴーレムと韋駄天の組み合わせってどうよ?……って思うけど、姉さん達だって西洋妖怪と日本妖怪の組み合わせだし…人外同士なら問題なし…よね?
クリスマスの奇跡~異邦人(エトランゼ)だって恋をする~ ――長女 磨子編―― ― 2009/12/25 17:17
ペロペロペロ……
―――う…ん。くすぐったい
ペロペロペロ……
―――くすぐったいってばっ!ん?これって夢?
ペロペロペロ……
―――もうっ!
「いつまでヒトの顔舐めてるのっ!!メイクが剥げるでしょうがぁっ!」
ガバッ
「って…あれ?」
「(クゥ~~~ン)」
「ああっ!君もしかして狼(ろう)センセのペットくん?きゃぁ~もう一度会いたかったのよ!嬉しい~~!」
ぎゅぅ~っ!
がばっと起き上がったあたしの目に飛び込んできた円らな瞳。思わず両手を伸ばして抱きついた。
う~ん、あの時と同じ触り心地!良い毛並みしてるわ…
「クリスマスって奇跡が起きるのね~。だって君に会えたのあの日以来だもん。愛しの狼センセの顔も拝めたし、これで心置きなく“処理”が出来るわぁ~」
「(処理って何?)」
「ん?“処理”ってあたしは言ってるけどしーちゃんは“おつとめ”って言ってるし天音は“力”って表現を使ってるかな?ようはあたし達の能力を示してるんだけど」
「(どんな能力?)」
「ん……どうせこれが最後だからいっか。あのね、あたし妖怪なの。獏(ばく)って言って人間の記憶を操作出来るの」
「(それで?)」
「でね?しーちゃんの正体が初恋のヒトにばれたってのもあるんだけど、三人とも人間に恋しちゃったからあたし達に関する記憶を消さなきゃいけないのよ」
「(ふ~ん)」
「処理した後はしーちゃんは転校、天音とあたしは転職。…って言っても住所はそのままだけどね。
って事で………あれ?しーちゃんは?それに天音もいないような…」
金色でふさふさの毛の狼くんの背中をナデナデしながら、辺りを見回して妹達を探してみる。
…ってか、ここってどこ?あたしの部屋でもないし、センセの書斎でもない。ホテルでもないし…
ペロ…
「ぎゃっ!こら何す…」
「オレやだよ?」
「え?……って!きっ…きききき君、言葉が…」
「オレ磨子さんを忘れたくないよ!」
あたしの首においたを働いた獣くんを叱ろうと顔を覗き込む。
……気のせいかな?…何か円らなおめめが潤んでるような気がするんですが…?
「何であたしの名前……」
「それより、何で転職すんの?人間に恋したから?相手が人間じゃなければいいの!?」
尻尾をパタパタと振って必死に訴える狼くんの声は、あたしが今一番会いたくて、一番会いたくない人物と酷似していて…
「あのさオオカミくん、君の声がさ、やけにとある人物に似てる気がするんだけど……?」
「うん」
「君、狼センセのペットだよ…ね?」
「本当の事を言ったら磨子さんオレの記憶消さない?転職もしない?」
「え?それは……」
「ね、約束して?じゃないと妹さん達の事も教えてあげないよ?」
前足をあたしの手に乗せて尻尾をパタパタ振りながらウルウルおめめでそう言う獣くん。
人語を解し喋る時点で普通の動物じゃない事は決定済みだけど…
「君、ただのオオカミじゃないでしょ?」
「……………」
「教えてくれなきゃ君の記憶から操作するか。さてと……」
“眠り歌”を歌おうとあたしは思いっきり息を吸い込んだ。
すると…
「わぁ~~~っ!やめて!やめて!わかったよ」
「うんうん。物分りの良い『物の怪』はお姉さん大好きだよ。で、妹達はどこ?」
「……従兄達のところだよ」
「ウチに不法侵入した怪しいじーさんは?」
「……祖父さんの使いのヒト。セバスチャンっつーの」
「で、何であたしはここにいるのかな?ってか、ここはどこなの?」
「ここはオレのマンション」
「……寝室でも書斎でもないと思うけど?…って、君今オレのって言ってたわよね?」
そうよ!本来なら“オレのご主人様の”って言うべきでしょ?
「屋根裏部屋っつーの?メゾネット以外に隠し部屋を作って貰ったんだよ」
「へ?隠し部屋?」
「だってここのオーナーオレの従兄だもん」
へ?さっきからこのオオカミくんってば何言って…
「都会のど真ん中に鎮座する、このでっかい建物がどれくらいするか誰だってわかるわよ!そのオーナーが君の従兄だってぇ~~~?!」
「そ。ここは最上階だけどアド兄は1階と地下に住んでる。で、磨子さんの妹さん……えっと、雫ちゃん…だっけ?多分そこにいるよ」
「しーちゃんが?」
「うん。天音さんは別のマンションだと思うけど」
ほっ……とりあえず二人とも無事なのね。って!違うでしょ!自分!!
「………君、いったい何者なの…?」
「わからない?」
「え?」
スッ…
目の前のオオカミは突然二足歩行の型…つまり立ち上がったって事なんだけど…になったかと思ったら体中の毛が少しずつ引込んでいき…
「っ……!!あなたは……!!」
あたしの目の前にいるのは数時間前まで一緒にいたヒトで…
「新人作家 狼こと金沢 遼(はるか)は人間界での仮の姿」
「って事はやっぱり…」
「うん。オレの本名はヴォルフ・アーヘンバッハ。狼男なんだよ。
実は磨子さんが代理で原稿を取りに来た時油断してて獣化したままだったんだ。でもあなたはオレを撫でてくれたり抱きしめてくれて……」
って事は何?あたしが産休に入った先輩の代理で初めて狼センセのマンションに行った時に迎えてくれたオオカミくんが…センセ?
あたしは混乱してる頭を落ち着かせようと額に手をあてた。
えっと、狼センセは実は人間じゃなくて狼男って事よね?で、あたしがさっきまで抱きついてたのはセンセのペットじゃなくて御本人だったって事で…
「ああああたしっ…てっきりセンセのペットかと……すっ…すみませんっ!!」
ベッドの上に座ったまま思わず頭を下げる。だって撫でくりまわしたりぎゅうぎゅう抱きついたり…やりたい放題だったのよね。あたし。
しかも、恐れ多くも狼男様を『物の怪』呼ばわりしたし…
「磨子さん、顔あげてよ」
「でもっ…あたしセンセに…」
「いいからっ!ね、オレを見て?」
くいっ…
細くても男らしいごつごつした指を顎にあてられ、あたしは無理矢理上を向かされた。
「っ……!センセ……?」
今年一番のドッキリって言っても過言じゃない!だってあたしの目の前に立っているのは……
「センセ…なんですよね?センセの作品の中に出てくるワー・ウルフじゃないですよね…?」
狼センセの専属の挿絵作家さんが描くワー・ウルフそっくりの、背中までの金髪、頭にはピンと三角形にはえた耳、服装は別れた時のセンセの格好そのままなのに、お尻のあたりからはふさふさの尻尾が生えていて……
「綺麗……」
「磨子さん?」
「ねぇセンセ、その耳も尻尾も本物なんですか?」
「本物だよ。っつーか、敬語やめてよ」
「この瞳もコンタクトじゃないの?」
「うん」
ホラーで出てくる狼男って顔がオオカミで手も足も毛がフサフサで…いかにも野獣ってヤツだったけど、目の前にいる狼男くんはちょっとのっぽで細身の可愛い系イケメンで、薄茶(ライトブラウン)の瞳も表情が豊かで…
「狼センセ…人間じゃなかったんだ」
「うん」
「あたし……諦めなくていいのか……」
ペロ…
「っ……!!」
「泣かないでよ磨子さん」
「え?ちょっ…」
ペロペロペロ…
あたしの両肩に手を置き、夢中になって頬を目元をペロペロ舐める狼男くん。その感触はさっき寝ていた時と同じで…
「ちょっ……狼センセ、くすぐったいってば!」
「ヴォルフだよ磨子さん…(ペロペロペロ)」
「ヴォルフでもウルフでも狼でもなんでもいいから、いいかげんヒトの顔を嘗め回すのやめてっ!ファンデが剥げるでしょうがっ!」
ベリッ
あたしはそう叫ぶと思いっきり彼をはがした。
すると…
「っぷ……あはははははは!」
「へ?何笑って…」
「だって磨子さん初めて会った時もオレの目を見てそう叱ったもん。さっきだって…」
「……女はいろいろと大変なのよ。しかも人間年齢だともうすぐあたしはお肌の曲がり角ってヤツだし…」
「今の姿でもメイクしてんの?」
「今の姿?」
「うん。ほら」
狼男くんこと狼センセはいつの間にか手鏡を持っており、それをあたしに渡した。
やけに眩しいLED照明がつく中、恐る恐るその中を覗き込んだのだが…
「あたし何時の間に…」
紫の瞳と腰まで伸びた漆黒の髪。そう。これは本来のあたしの姿だ。
新人作家の担当編集である雪野 磨子はブラウンに染めたショートボブに黒縁眼鏡をかけて、ついでに言うと地味なパンツスーツを着ている。
が、獏のあたしの服装は…
「っきゃあああああっ!!みっ…見た…よね?」
「うん。だからオレ獣化しちゃったんだ~。良い眺め~♪」
そう。今のあたしはどこの時代劇かと思うような着物…っていうよりこれ長襦袢そのものなんだけど…なのだ。
瞳と同じ紫色で今にも透けそうな薄い着物に真っ赤な帯。縁障女の母さんがこんなお色気ムンムンの格好をするべきなんだけど、普通の羽織り付きの着物なんだよねぇ。
しーちゃんは純白の振袖だし、天音はミニワンピ丈の着物。
思わず布団を手繰り寄せようと手を伸ばしたあたし。狼男くんはそんなあたしから手鏡を取り上げてどこかに置いた。
「ね、磨子さん、さっきの話だけどさ…」
「…わかってるって。狼センセ…じゃなかった狼男くんの記憶は操作しません」
「じゃなくって!」
ぐいっ
「きゃあっ…!!」
そう言うと行き成り狼男くんはあたしの腕を掴むと引っ張ってベッドから立たせた。
しかもそれだけではなく、次の瞬間にはあたしはとても暖かいモノに包まれていて…
「ちょっ…何す…」
「ねぇ、磨子さん、さっき言ってた事本当?」
「だから記憶は消さないって…」
「オレの事諦めないって話!オレ、磨子さん好きだよ?だから磨子さんも同じだって事?」
「え……あ…あたしさっき…」
「……オレが人間じゃなかったらいいんだよね?妖怪同士ならいいんだよね?」
伝わってくる鼓動。震えている肩や腕、そして声。
さっきまでパタパタ動いていた尻尾すら今の彼の緊張度合いを示すかのようにピン…と伸びている。
「うん。あたし、センセが好き。今目の前にいる狼男くんが…ヴォルフが好きだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「オレっ………すっげー嬉しいっ!!」
再びパタパタと動き出したフサフサの尻尾。
くす……可愛いな…
ペロ…
「こっ…こら!また!」
「だってコレ、オレ等の愛情表現だもん!(ペロペロペロ)」
「もーーーーっ!くすぐったいってば…!」
「んんん……磨子さん愛してる~~~っ!(ペロペロペロ)」
はぁ~~~っ!普通ここは甘くて蕩けるようなキスってもんでしょ?台詞は極甘なのに彼の舌はあたしの顔中を舐めまわしている。
「好き好き磨子さん!オレ、まだ半人前だけど、200歳になったばっかだけど、貴方を守れるように頑張るからねっ!!」
……あたしより100歳下なのね。ま、いっか。今の告白で帳消しにしよう。
雫、天音、あんた達も幸せなイブを過ごしてるかしら?ふふ…彼が落ち着いたらあの娘達のところまで案内させよう。
――――それにしても、狼センセって年下ワンコ系って思ってたけど、まさか本当にイヌ科だとは思わなかったわ。くす…。
―――う…ん。くすぐったい
ペロペロペロ……
―――くすぐったいってばっ!ん?これって夢?
ペロペロペロ……
―――もうっ!
「いつまでヒトの顔舐めてるのっ!!メイクが剥げるでしょうがぁっ!」
ガバッ
「って…あれ?」
「(クゥ~~~ン)」
「ああっ!君もしかして狼(ろう)センセのペットくん?きゃぁ~もう一度会いたかったのよ!嬉しい~~!」
ぎゅぅ~っ!
がばっと起き上がったあたしの目に飛び込んできた円らな瞳。思わず両手を伸ばして抱きついた。
う~ん、あの時と同じ触り心地!良い毛並みしてるわ…
「クリスマスって奇跡が起きるのね~。だって君に会えたのあの日以来だもん。愛しの狼センセの顔も拝めたし、これで心置きなく“処理”が出来るわぁ~」
「(処理って何?)」
「ん?“処理”ってあたしは言ってるけどしーちゃんは“おつとめ”って言ってるし天音は“力”って表現を使ってるかな?ようはあたし達の能力を示してるんだけど」
「(どんな能力?)」
「ん……どうせこれが最後だからいっか。あのね、あたし妖怪なの。獏(ばく)って言って人間の記憶を操作出来るの」
「(それで?)」
「でね?しーちゃんの正体が初恋のヒトにばれたってのもあるんだけど、三人とも人間に恋しちゃったからあたし達に関する記憶を消さなきゃいけないのよ」
「(ふ~ん)」
「処理した後はしーちゃんは転校、天音とあたしは転職。…って言っても住所はそのままだけどね。
って事で………あれ?しーちゃんは?それに天音もいないような…」
金色でふさふさの毛の狼くんの背中をナデナデしながら、辺りを見回して妹達を探してみる。
…ってか、ここってどこ?あたしの部屋でもないし、センセの書斎でもない。ホテルでもないし…
ペロ…
「ぎゃっ!こら何す…」
「オレやだよ?」
「え?……って!きっ…きききき君、言葉が…」
「オレ磨子さんを忘れたくないよ!」
あたしの首においたを働いた獣くんを叱ろうと顔を覗き込む。
……気のせいかな?…何か円らなおめめが潤んでるような気がするんですが…?
「何であたしの名前……」
「それより、何で転職すんの?人間に恋したから?相手が人間じゃなければいいの!?」
尻尾をパタパタと振って必死に訴える狼くんの声は、あたしが今一番会いたくて、一番会いたくない人物と酷似していて…
「あのさオオカミくん、君の声がさ、やけにとある人物に似てる気がするんだけど……?」
「うん」
「君、狼センセのペットだよ…ね?」
「本当の事を言ったら磨子さんオレの記憶消さない?転職もしない?」
「え?それは……」
「ね、約束して?じゃないと妹さん達の事も教えてあげないよ?」
前足をあたしの手に乗せて尻尾をパタパタ振りながらウルウルおめめでそう言う獣くん。
人語を解し喋る時点で普通の動物じゃない事は決定済みだけど…
「君、ただのオオカミじゃないでしょ?」
「……………」
「教えてくれなきゃ君の記憶から操作するか。さてと……」
“眠り歌”を歌おうとあたしは思いっきり息を吸い込んだ。
すると…
「わぁ~~~っ!やめて!やめて!わかったよ」
「うんうん。物分りの良い『物の怪』はお姉さん大好きだよ。で、妹達はどこ?」
「……従兄達のところだよ」
「ウチに不法侵入した怪しいじーさんは?」
「……祖父さんの使いのヒト。セバスチャンっつーの」
「で、何であたしはここにいるのかな?ってか、ここはどこなの?」
「ここはオレのマンション」
「……寝室でも書斎でもないと思うけど?…って、君今オレのって言ってたわよね?」
そうよ!本来なら“オレのご主人様の”って言うべきでしょ?
「屋根裏部屋っつーの?メゾネット以外に隠し部屋を作って貰ったんだよ」
「へ?隠し部屋?」
「だってここのオーナーオレの従兄だもん」
へ?さっきからこのオオカミくんってば何言って…
「都会のど真ん中に鎮座する、このでっかい建物がどれくらいするか誰だってわかるわよ!そのオーナーが君の従兄だってぇ~~~?!」
「そ。ここは最上階だけどアド兄は1階と地下に住んでる。で、磨子さんの妹さん……えっと、雫ちゃん…だっけ?多分そこにいるよ」
「しーちゃんが?」
「うん。天音さんは別のマンションだと思うけど」
ほっ……とりあえず二人とも無事なのね。って!違うでしょ!自分!!
「………君、いったい何者なの…?」
「わからない?」
「え?」
スッ…
目の前のオオカミは突然二足歩行の型…つまり立ち上がったって事なんだけど…になったかと思ったら体中の毛が少しずつ引込んでいき…
「っ……!!あなたは……!!」
あたしの目の前にいるのは数時間前まで一緒にいたヒトで…
「新人作家 狼こと金沢 遼(はるか)は人間界での仮の姿」
「って事はやっぱり…」
「うん。オレの本名はヴォルフ・アーヘンバッハ。狼男なんだよ。
実は磨子さんが代理で原稿を取りに来た時油断してて獣化したままだったんだ。でもあなたはオレを撫でてくれたり抱きしめてくれて……」
って事は何?あたしが産休に入った先輩の代理で初めて狼センセのマンションに行った時に迎えてくれたオオカミくんが…センセ?
あたしは混乱してる頭を落ち着かせようと額に手をあてた。
えっと、狼センセは実は人間じゃなくて狼男って事よね?で、あたしがさっきまで抱きついてたのはセンセのペットじゃなくて御本人だったって事で…
「ああああたしっ…てっきりセンセのペットかと……すっ…すみませんっ!!」
ベッドの上に座ったまま思わず頭を下げる。だって撫でくりまわしたりぎゅうぎゅう抱きついたり…やりたい放題だったのよね。あたし。
しかも、恐れ多くも狼男様を『物の怪』呼ばわりしたし…
「磨子さん、顔あげてよ」
「でもっ…あたしセンセに…」
「いいからっ!ね、オレを見て?」
くいっ…
細くても男らしいごつごつした指を顎にあてられ、あたしは無理矢理上を向かされた。
「っ……!センセ……?」
今年一番のドッキリって言っても過言じゃない!だってあたしの目の前に立っているのは……
「センセ…なんですよね?センセの作品の中に出てくるワー・ウルフじゃないですよね…?」
狼センセの専属の挿絵作家さんが描くワー・ウルフそっくりの、背中までの金髪、頭にはピンと三角形にはえた耳、服装は別れた時のセンセの格好そのままなのに、お尻のあたりからはふさふさの尻尾が生えていて……
「綺麗……」
「磨子さん?」
「ねぇセンセ、その耳も尻尾も本物なんですか?」
「本物だよ。っつーか、敬語やめてよ」
「この瞳もコンタクトじゃないの?」
「うん」
ホラーで出てくる狼男って顔がオオカミで手も足も毛がフサフサで…いかにも野獣ってヤツだったけど、目の前にいる狼男くんはちょっとのっぽで細身の可愛い系イケメンで、薄茶(ライトブラウン)の瞳も表情が豊かで…
「狼センセ…人間じゃなかったんだ」
「うん」
「あたし……諦めなくていいのか……」
ペロ…
「っ……!!」
「泣かないでよ磨子さん」
「え?ちょっ…」
ペロペロペロ…
あたしの両肩に手を置き、夢中になって頬を目元をペロペロ舐める狼男くん。その感触はさっき寝ていた時と同じで…
「ちょっ……狼センセ、くすぐったいってば!」
「ヴォルフだよ磨子さん…(ペロペロペロ)」
「ヴォルフでもウルフでも狼でもなんでもいいから、いいかげんヒトの顔を嘗め回すのやめてっ!ファンデが剥げるでしょうがっ!」
ベリッ
あたしはそう叫ぶと思いっきり彼をはがした。
すると…
「っぷ……あはははははは!」
「へ?何笑って…」
「だって磨子さん初めて会った時もオレの目を見てそう叱ったもん。さっきだって…」
「……女はいろいろと大変なのよ。しかも人間年齢だともうすぐあたしはお肌の曲がり角ってヤツだし…」
「今の姿でもメイクしてんの?」
「今の姿?」
「うん。ほら」
狼男くんこと狼センセはいつの間にか手鏡を持っており、それをあたしに渡した。
やけに眩しいLED照明がつく中、恐る恐るその中を覗き込んだのだが…
「あたし何時の間に…」
紫の瞳と腰まで伸びた漆黒の髪。そう。これは本来のあたしの姿だ。
新人作家の担当編集である雪野 磨子はブラウンに染めたショートボブに黒縁眼鏡をかけて、ついでに言うと地味なパンツスーツを着ている。
が、獏のあたしの服装は…
「っきゃあああああっ!!みっ…見た…よね?」
「うん。だからオレ獣化しちゃったんだ~。良い眺め~♪」
そう。今のあたしはどこの時代劇かと思うような着物…っていうよりこれ長襦袢そのものなんだけど…なのだ。
瞳と同じ紫色で今にも透けそうな薄い着物に真っ赤な帯。縁障女の母さんがこんなお色気ムンムンの格好をするべきなんだけど、普通の羽織り付きの着物なんだよねぇ。
しーちゃんは純白の振袖だし、天音はミニワンピ丈の着物。
思わず布団を手繰り寄せようと手を伸ばしたあたし。狼男くんはそんなあたしから手鏡を取り上げてどこかに置いた。
「ね、磨子さん、さっきの話だけどさ…」
「…わかってるって。狼センセ…じゃなかった狼男くんの記憶は操作しません」
「じゃなくって!」
ぐいっ
「きゃあっ…!!」
そう言うと行き成り狼男くんはあたしの腕を掴むと引っ張ってベッドから立たせた。
しかもそれだけではなく、次の瞬間にはあたしはとても暖かいモノに包まれていて…
「ちょっ…何す…」
「ねぇ、磨子さん、さっき言ってた事本当?」
「だから記憶は消さないって…」
「オレの事諦めないって話!オレ、磨子さん好きだよ?だから磨子さんも同じだって事?」
「え……あ…あたしさっき…」
「……オレが人間じゃなかったらいいんだよね?妖怪同士ならいいんだよね?」
伝わってくる鼓動。震えている肩や腕、そして声。
さっきまでパタパタ動いていた尻尾すら今の彼の緊張度合いを示すかのようにピン…と伸びている。
「うん。あたし、センセが好き。今目の前にいる狼男くんが…ヴォルフが好きだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「オレっ………すっげー嬉しいっ!!」
再びパタパタと動き出したフサフサの尻尾。
くす……可愛いな…
ペロ…
「こっ…こら!また!」
「だってコレ、オレ等の愛情表現だもん!(ペロペロペロ)」
「もーーーーっ!くすぐったいってば…!」
「んんん……磨子さん愛してる~~~っ!(ペロペロペロ)」
はぁ~~~っ!普通ここは甘くて蕩けるようなキスってもんでしょ?台詞は極甘なのに彼の舌はあたしの顔中を舐めまわしている。
「好き好き磨子さん!オレ、まだ半人前だけど、200歳になったばっかだけど、貴方を守れるように頑張るからねっ!!」
……あたしより100歳下なのね。ま、いっか。今の告白で帳消しにしよう。
雫、天音、あんた達も幸せなイブを過ごしてるかしら?ふふ…彼が落ち着いたらあの娘達のところまで案内させよう。
――――それにしても、狼センセって年下ワンコ系って思ってたけど、まさか本当にイヌ科だとは思わなかったわ。くす…。
クリスマスの奇跡~異邦人(エトランゼ)だって恋をする~ ――三女 雫編―― ― 2009/12/25 17:18
―――雪野
ん……あれ?誰かあたしを呼んでる?
―――雪野。雪野 雫、起きろ
……あと五分……
―――くす……これじゃ妖怪雨女じゃなくて只の眠り姫だな。だが、いいかげん起きてくれ
…へ?誰?何であたしの正体を知ってるの?でもこの声ってなんかやけに聞覚えがあるような…
―――ふむ。御伽噺の姫君は確か王子のキスで目覚めるんだったな。ならば…
…え?それって…ちょっ…あのっ…まっ…
ガバッ
「駄目ぇ~~っ!あたしまだ武藤先生が好きなのっ!失恋だってわかっててもまだ未練があるのーーーーーーーーっ!!!……って……あれ?ここは…どこ?」
どこの誰か知らない奴に勝手にファーストキスを取られてはたまらん!と、あたしは勢い良く起き上がりきょろきょろと周りを見渡した。
薄暗い照明のやけに広い部屋には、どこのホテルだ?と思うような家具やインテリアが置いてあり、あたしはふっかふかの羽毛布団に包まれおっきなベッドの上に座っていた。
「やっと目が覚めたか?」
「っ…!」
突然頭上から響いて来た魅惑の低音ボイス。恐る恐る首を動かして声が聞こえて来た方に顔を向ける。すると…
「おはよう」
「え?ちょっ…あのっ…なっ…なんっ…なんっ……」
酸欠の金魚のように口をパクパクする。突然の事に混乱して上手く言葉が出て来ないのだ。
だって高い位置からあたしを見下ろし、その色っぽい口の端を僅かにあげてスマイルを浮かべているのは、あたしが最も知っている人物で…
「むむむむむ…むとむとむと………」
「まず落ち着け雪野。わからない事は順を追って説明してやるから。ほら深呼吸」
すーはーすーはーすーはー………
あたしはその長い指が置かれた両肩を上げ下げするように深呼吸を繰り返した。
何で武藤先生が?それにさっきの夢、あたしに何か言ってた人は武藤先生と同じ声だった。
…って、まさかアレって夢じゃない?
「くす…少しは落ち着いたか?」
「あの、何であたしここに。そっ…それよりお姉ちゃんが!」
「ああ、彼女達なら大丈夫。今頃従弟達と一緒だろう」
「へ?いとこ?」
「それより…雪野…いや、雫と呼ばせて貰おうか…」
「はっ…はいぃ~?」
「先ほど聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだが?」
「っ……!!!!」
びっ…美形のドアップって心臓に悪すぎっ!!ってか、何で愛しの先生とこんなシチュエーションを展開してるんだ?
これって…夢?ああ!夢なら覚めないで!!磨子お姉ちゃん!ずぇ~~~~ったいに食べないでよっ!!
「まだ寝ぼけてるのか?」
「ふぇ?」
「さっきから雫の質問を待ってるんだが……先に答えてしまった方が良さそうだな。
まず、これは夢ではない」
「はい」
「次、ここは私の家だ。ついでに言うと雫が今いるのは私の寝室」
「はい…って…え?先生の寝室ってことは……」
「くす……私のベッドの上、だ」
そう言った後、先生はにやりという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべたんだけど…
キラリ…
あれ?今口元で何か光った…………よね?
「それと雪野三姉妹を迎えに行ったのは父の使いの者だ。名前をセバスチャンと言う」
「はぁ………」
「そして最後の質問の答えだが………―――すくすく育て私の子らよ 母の愛 命の水 そなた等に恵みの雨を届けましょう―――……」
「ええーーーーーーーーーーっ!!ななななななな何で人間が!?」
先生の口から出たのはあたしが、あたしら雨女が歌う『雨降らしの歌』の歌詞だ。でもそれは人間の耳には聞き取る事が出来ない…筈…
再び口をぱくぱくさせて固まるあたし。すると先生は…
「答えて欲しければ報酬を頂くが?」
「ほうしゅう?」
「こう言う事だ」
ぐいっ
え?……何て惚けていたら先生の両手が肩から背中あたりに移動してて、しかも何故か右肩あたりに重みを感じていて…
かぷ…ぺろり…
「ぎゃあ~っ……///////ななななな」
「ん………種族は別だが流石に人外だけあるな。非常に美味だ…」
耳の下あたりにチクッと針を指されたような鈍い痛みを感じた直後、ヌメっとした何とも言えない感触があり背筋がぞわっとした。
しかし先生はその直後にあたしの身体を離して…
「///////あ…あのあのあの……さっきガブって…それに……ままままままさかまさかせんせ……」
「くす……驚かせてすまなかった。実は私は今借りの姿でね」
「え?………っ!まぶしっ!!…………ってぇ!?」
一瞬どこのスタジオだと思えるような眩しい電気がついたかと思ったら、次の瞬間にあたしの目の前には腰まで伸びた銀髪に黒いマント、薄暗い部屋でもはっきりわかる深紅の瞳の……先生じゃない男の人が立っており…
「え?…って!あ…あのあの…どっ…どちらさま…じゃなくて!!ががががが外国の人だからっ…えっと…っふ…ふぅーあーゆー?」
「私の名はアドリアン・フロレスク……ヴァンパイアだ」
えええーーーーーーーーーーーーーっ!!ヴァンパイアって事は…………!
「きゅう…けつ…き?」
「和訳だとそうだな」
「でも、何で先生あたしの歌…」
「この姿の私は黒耀高校の国語教師 武藤 吾(あたる)ではない。だからアドルと呼んで欲しい」
「あああああああアドルさん、さっきの質問なんですけど…」
「敬称もいらないのだが……仕方ないな。………雫、2年前の入学式を覚えているか?」
そんなの忘れる訳がない!だって……!!
「覚えてますよ!だってあの時……」
「そう。私達が初めて会った日だ。お前は他の木と比べて開花が遅い1本の桜の木の下に立っていた…」
まるでピンクの絨毯のような桜の下。木の精かと思えるように綺麗な男の人が立っていた。
それが……武藤先生だった。
「お前の声に気付いたのは男子生徒だったが、歌に気付いたのは私だけだった。ソレに導かれるように中庭に行くと1本の木に語りかけるように歌っているお前の姿が飛び込んで来たんだ。
知識として知っていた。東の国に雨を降らす事が出来る妖怪がいると。我等の中で唯一天に意思を届ける事が出来るモノ……それが雨女だと」
あたしはそんなご大層な妖怪じゃない。父さんみたいに雪山で遭難した人を助ける力も無ければ母さんみたいに人の心を操れる事も出来ない。
天音お姉ちゃんみたいに飛べないし、磨子お姉ちゃんみたいに記憶を操れない。
あたしに出来る事は雨を降らす事だけ。それだけしか能が無いのに…
「まるで母の胎内にいるような感覚だった。それほどお前の歌は温かく慈愛に満ちていた」
「……あれはたまたまあの木の声が聞こえたような気がして…」
「一目惚れ……と気付いたのはだいぶ後になってからだったな」
「へ?」
いっ…今せんせ……じゃなかった!アドルさんの口からすっごい言葉が出たよね?
でも目の前の吸血鬼様は遠い目をされて淡々と語り始め…
「祖父の予言……東の国に行けばそなたの運命が見つかる……それを信じて旅立ったのは成人して直ぐだ。
故郷を離れて幾千里……インド、ネパール、チベット、ブータン…ヒトとして生きる為に何でもやった。いろんなライセンスも取得した。時には兵士として戦争に借り出されもした。長かった戦争。だが私はこの能力のせいで目の前で銃で打たれても、ナイフで刺されても死ぬことはなかったな…。
そして漸く訪れた平和。私は運命のヒトを求めて中国に渡った。それから韓国に入り日本へと……」
兵士って……第二次世界大戦?それとも第一次?それとももっと前の?
ってか、ドラキュラって確か西洋の妖怪だよね?飛行機だったら日本まで遠くても13~14時間くらいで着かない?
でもこの吸血鬼様の口調だと、何か、わざわざ歩いて日本まで来たように思えるんだけど…
「あ…あの、聞いていいですか?」
「くす…またか?雫は質問が多いな」
「はい。あの…しっ…失礼とは思いますがアドルさんは…いくつ何ですか?」
「人間では30だが……実年齢は400歳といったところか。我一族は長命なのでね。それより…」
スッ
「っ………!!」
「大和の国の歌姫よ、どうか私の花嫁に…」
突然吸血鬼様が屈んだと思ったら片膝をついていて…これって所謂跪いているってシチュエーションだよね?ほら、よく漫画とかで王子様がやるヤツ
それより、歌姫?それってもしかしてあたしの事?
カプッ…
「/////っ…!あっ…あのっあのっ…あたし……って!あああ~~~っ!」
あまりに絵になるようなそのエレガントさに見惚れていたあたしは、何時の間にか左手を掴まれて、その直後に手首に噛み付かれた。
「これはヴァンパイアの花嫁の証」
そう言われて手首を見ると……なななななな何で!?ってかこれって……薔薇?!
あたしの左手首には真っ赤でとてもゴージャスな花の絵があり…
「いいいいい入墨ぃ~~っ!」
「今はタトゥーと言うのだろう?」
「そそそそそんな問題じゃなぁ~い!ここここここれどうやって隠すの!体育の時とかどうすれば…」
「問題ない。それより返事は肯定ととっていいんだな?」
そう言ってあたしを見上げる吸血鬼様の真っ赤な瞳はとても優しげで…
「……あたし、まだ100歳なんですけど…」
「我等の世界でも年の差カップルとやらはいるらしい」
そりゃあ今人間界だって年の差萌えカプなんて当たり前みたいだけど…
「あたし失恋したって思ってて…」
「……この私がいつお前を振ったのだ?」
「だって…だってあの姿を見られたから…」
「同じ妖怪同士なら問題ないだろう?」
「ほ…ほんとに、あたし、先生を諦めなくていいの?」
「アドルだ。諦めるどころかお前は最早私のモノだ。未来永劫放す気はない」
夢……じゃないんだよね。これ、本当の本当に今実際にあたしにおきている出来事なんだよね?
「ふぇっ………」
さっき天音お姉ちゃんに縋ってあんなに泣いたのに……ううん、歌っている時も泣いていたのに…再び洪水を起こすあたしの涙腺。
すると吸血鬼様はあたしのほっぺに両手を添えて…
「ぐすっ…ひっく……っ!///////」
「……これが雨女の涙の味か…」
ななななななな舐めちゃった!!ってかまだほっぺに柔らかい感触があるんですけどっ!!
パニくってるあたしを他所に顔中にチュッチュとキスする吸血鬼様。
多分あたしの顔は今瞬間湯沸かし器のように熱く、茹蛸みたいにまっかっかになってるだろう。
そして麗しの吸血鬼様はあたしのほっぺから目元からキスしまくった後、漸く顔を離した。
その後流れるような動作ですっくと立ち上がると、これまたモデル顔負けの歩き方で窓際に行き、高級そうなカーテンを開けた。
うっ………今携帯があれば写メ撮りたいっ!!なんつーお宝ショットなのっ!!
「今夜は大雪だろうな…」
「え?」
「ここには魔力が漲っているんでね。お前の涙はそのまま天に伝わる」
「あ………言われて見れば何か祠と同じような“気”が……でも何で?」
「くす…気付いてないのか?自分の今の姿を」
そう言うと吸血鬼様は再びベッドに座っているあたしに近づき、髪を一房掴んであたしの目の前にちらつかせた。
「あ……浅葱色の髪だ…って事は今あたしは…」
「本来の姿だ。だからこの“印”を刻む事が出来たんだろう」
あたしの髪を弄んでいた吸血鬼様は、流れるような動作であたしの左手を取り、消えかかっている薔薇にキスをした。
「っ……!//////あああああああああアドルさんっ!!」
「何だ?」
「/////あのっ…あのっ…武藤先生はあまりそういう事はしないと…/////」
「人間に惚れられても仕方ないのでね。だが、これが本来の私だ」
うっとりするほど綺麗で、いつも無表情で、とてもストイックな憧れの人は本当は人間じゃなくて吸血鬼で、しかも台詞も仕草もとっても気障で……おまけにキス魔でスキンシップ過剰で……
「//////これじゃあたしの心臓が持ちません…」
「そのうち慣れる」
いつのまにかベッドから降ろされ、彼の細マッチョな身体に包まれているあたし。
照れ隠しに視線を窓の方へと向けると、さっき吸血鬼様が言った通り絶えることなく雪が降り続いており……
「まさにホワイト……だな」
「はい。これがあたしの唯一の“おつとめ”ですから」
「お前も、その“おつとめ”も私は誇りに思う」
極甘低音ボイスに更に輪をかけて腰砕けな囁きに、思わずあたしの力が抜けそうになる。
しかしそれを知っていたかのように吸血鬼様はその長い腕であたしの身体を支えてて…
「/////……その声反則ですっ」
「くす……お前には本来の私をもっと知って貰いたいからな…」
去年も一昨年も一人っきりの淋しいクリスマスだった。
だからよけい今こんなに幸せでいいのかなぁ~って思っちゃう。
クリスマスの奇跡って言うのかなコレ。人間だけだと思ってたけど、妖怪にもあるんだね。
先生がいつもつけているフレグランスに包まれながらあたしは心の中で叫んだ。
――――世界中の恋人達に、幸せな家庭に、サンタには敵わないけどあたしからのプレゼントを贈るから……だから受け取って!『ホワイトクリスマス』!!!
ん……あれ?誰かあたしを呼んでる?
―――雪野。雪野 雫、起きろ
……あと五分……
―――くす……これじゃ妖怪雨女じゃなくて只の眠り姫だな。だが、いいかげん起きてくれ
…へ?誰?何であたしの正体を知ってるの?でもこの声ってなんかやけに聞覚えがあるような…
―――ふむ。御伽噺の姫君は確か王子のキスで目覚めるんだったな。ならば…
…え?それって…ちょっ…あのっ…まっ…
ガバッ
「駄目ぇ~~っ!あたしまだ武藤先生が好きなのっ!失恋だってわかっててもまだ未練があるのーーーーーーーーっ!!!……って……あれ?ここは…どこ?」
どこの誰か知らない奴に勝手にファーストキスを取られてはたまらん!と、あたしは勢い良く起き上がりきょろきょろと周りを見渡した。
薄暗い照明のやけに広い部屋には、どこのホテルだ?と思うような家具やインテリアが置いてあり、あたしはふっかふかの羽毛布団に包まれおっきなベッドの上に座っていた。
「やっと目が覚めたか?」
「っ…!」
突然頭上から響いて来た魅惑の低音ボイス。恐る恐る首を動かして声が聞こえて来た方に顔を向ける。すると…
「おはよう」
「え?ちょっ…あのっ…なっ…なんっ…なんっ……」
酸欠の金魚のように口をパクパクする。突然の事に混乱して上手く言葉が出て来ないのだ。
だって高い位置からあたしを見下ろし、その色っぽい口の端を僅かにあげてスマイルを浮かべているのは、あたしが最も知っている人物で…
「むむむむむ…むとむとむと………」
「まず落ち着け雪野。わからない事は順を追って説明してやるから。ほら深呼吸」
すーはーすーはーすーはー………
あたしはその長い指が置かれた両肩を上げ下げするように深呼吸を繰り返した。
何で武藤先生が?それにさっきの夢、あたしに何か言ってた人は武藤先生と同じ声だった。
…って、まさかアレって夢じゃない?
「くす…少しは落ち着いたか?」
「あの、何であたしここに。そっ…それよりお姉ちゃんが!」
「ああ、彼女達なら大丈夫。今頃従弟達と一緒だろう」
「へ?いとこ?」
「それより…雪野…いや、雫と呼ばせて貰おうか…」
「はっ…はいぃ~?」
「先ほど聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだが?」
「っ……!!!!」
びっ…美形のドアップって心臓に悪すぎっ!!ってか、何で愛しの先生とこんなシチュエーションを展開してるんだ?
これって…夢?ああ!夢なら覚めないで!!磨子お姉ちゃん!ずぇ~~~~ったいに食べないでよっ!!
「まだ寝ぼけてるのか?」
「ふぇ?」
「さっきから雫の質問を待ってるんだが……先に答えてしまった方が良さそうだな。
まず、これは夢ではない」
「はい」
「次、ここは私の家だ。ついでに言うと雫が今いるのは私の寝室」
「はい…って…え?先生の寝室ってことは……」
「くす……私のベッドの上、だ」
そう言った後、先生はにやりという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべたんだけど…
キラリ…
あれ?今口元で何か光った…………よね?
「それと雪野三姉妹を迎えに行ったのは父の使いの者だ。名前をセバスチャンと言う」
「はぁ………」
「そして最後の質問の答えだが………―――すくすく育て私の子らよ 母の愛 命の水 そなた等に恵みの雨を届けましょう―――……」
「ええーーーーーーーーーーっ!!ななななななな何で人間が!?」
先生の口から出たのはあたしが、あたしら雨女が歌う『雨降らしの歌』の歌詞だ。でもそれは人間の耳には聞き取る事が出来ない…筈…
再び口をぱくぱくさせて固まるあたし。すると先生は…
「答えて欲しければ報酬を頂くが?」
「ほうしゅう?」
「こう言う事だ」
ぐいっ
え?……何て惚けていたら先生の両手が肩から背中あたりに移動してて、しかも何故か右肩あたりに重みを感じていて…
かぷ…ぺろり…
「ぎゃあ~っ……///////ななななな」
「ん………種族は別だが流石に人外だけあるな。非常に美味だ…」
耳の下あたりにチクッと針を指されたような鈍い痛みを感じた直後、ヌメっとした何とも言えない感触があり背筋がぞわっとした。
しかし先生はその直後にあたしの身体を離して…
「///////あ…あのあのあの……さっきガブって…それに……ままままままさかまさかせんせ……」
「くす……驚かせてすまなかった。実は私は今借りの姿でね」
「え?………っ!まぶしっ!!…………ってぇ!?」
一瞬どこのスタジオだと思えるような眩しい電気がついたかと思ったら、次の瞬間にあたしの目の前には腰まで伸びた銀髪に黒いマント、薄暗い部屋でもはっきりわかる深紅の瞳の……先生じゃない男の人が立っており…
「え?…って!あ…あのあの…どっ…どちらさま…じゃなくて!!ががががが外国の人だからっ…えっと…っふ…ふぅーあーゆー?」
「私の名はアドリアン・フロレスク……ヴァンパイアだ」
えええーーーーーーーーーーーーーっ!!ヴァンパイアって事は…………!
「きゅう…けつ…き?」
「和訳だとそうだな」
「でも、何で先生あたしの歌…」
「この姿の私は黒耀高校の国語教師 武藤 吾(あたる)ではない。だからアドルと呼んで欲しい」
「あああああああアドルさん、さっきの質問なんですけど…」
「敬称もいらないのだが……仕方ないな。………雫、2年前の入学式を覚えているか?」
そんなの忘れる訳がない!だって……!!
「覚えてますよ!だってあの時……」
「そう。私達が初めて会った日だ。お前は他の木と比べて開花が遅い1本の桜の木の下に立っていた…」
まるでピンクの絨毯のような桜の下。木の精かと思えるように綺麗な男の人が立っていた。
それが……武藤先生だった。
「お前の声に気付いたのは男子生徒だったが、歌に気付いたのは私だけだった。ソレに導かれるように中庭に行くと1本の木に語りかけるように歌っているお前の姿が飛び込んで来たんだ。
知識として知っていた。東の国に雨を降らす事が出来る妖怪がいると。我等の中で唯一天に意思を届ける事が出来るモノ……それが雨女だと」
あたしはそんなご大層な妖怪じゃない。父さんみたいに雪山で遭難した人を助ける力も無ければ母さんみたいに人の心を操れる事も出来ない。
天音お姉ちゃんみたいに飛べないし、磨子お姉ちゃんみたいに記憶を操れない。
あたしに出来る事は雨を降らす事だけ。それだけしか能が無いのに…
「まるで母の胎内にいるような感覚だった。それほどお前の歌は温かく慈愛に満ちていた」
「……あれはたまたまあの木の声が聞こえたような気がして…」
「一目惚れ……と気付いたのはだいぶ後になってからだったな」
「へ?」
いっ…今せんせ……じゃなかった!アドルさんの口からすっごい言葉が出たよね?
でも目の前の吸血鬼様は遠い目をされて淡々と語り始め…
「祖父の予言……東の国に行けばそなたの運命が見つかる……それを信じて旅立ったのは成人して直ぐだ。
故郷を離れて幾千里……インド、ネパール、チベット、ブータン…ヒトとして生きる為に何でもやった。いろんなライセンスも取得した。時には兵士として戦争に借り出されもした。長かった戦争。だが私はこの能力のせいで目の前で銃で打たれても、ナイフで刺されても死ぬことはなかったな…。
そして漸く訪れた平和。私は運命のヒトを求めて中国に渡った。それから韓国に入り日本へと……」
兵士って……第二次世界大戦?それとも第一次?それとももっと前の?
ってか、ドラキュラって確か西洋の妖怪だよね?飛行機だったら日本まで遠くても13~14時間くらいで着かない?
でもこの吸血鬼様の口調だと、何か、わざわざ歩いて日本まで来たように思えるんだけど…
「あ…あの、聞いていいですか?」
「くす…またか?雫は質問が多いな」
「はい。あの…しっ…失礼とは思いますがアドルさんは…いくつ何ですか?」
「人間では30だが……実年齢は400歳といったところか。我一族は長命なのでね。それより…」
スッ
「っ………!!」
「大和の国の歌姫よ、どうか私の花嫁に…」
突然吸血鬼様が屈んだと思ったら片膝をついていて…これって所謂跪いているってシチュエーションだよね?ほら、よく漫画とかで王子様がやるヤツ
それより、歌姫?それってもしかしてあたしの事?
カプッ…
「/////っ…!あっ…あのっあのっ…あたし……って!あああ~~~っ!」
あまりに絵になるようなそのエレガントさに見惚れていたあたしは、何時の間にか左手を掴まれて、その直後に手首に噛み付かれた。
「これはヴァンパイアの花嫁の証」
そう言われて手首を見ると……なななななな何で!?ってかこれって……薔薇?!
あたしの左手首には真っ赤でとてもゴージャスな花の絵があり…
「いいいいい入墨ぃ~~っ!」
「今はタトゥーと言うのだろう?」
「そそそそそんな問題じゃなぁ~い!ここここここれどうやって隠すの!体育の時とかどうすれば…」
「問題ない。それより返事は肯定ととっていいんだな?」
そう言ってあたしを見上げる吸血鬼様の真っ赤な瞳はとても優しげで…
「……あたし、まだ100歳なんですけど…」
「我等の世界でも年の差カップルとやらはいるらしい」
そりゃあ今人間界だって年の差萌えカプなんて当たり前みたいだけど…
「あたし失恋したって思ってて…」
「……この私がいつお前を振ったのだ?」
「だって…だってあの姿を見られたから…」
「同じ妖怪同士なら問題ないだろう?」
「ほ…ほんとに、あたし、先生を諦めなくていいの?」
「アドルだ。諦めるどころかお前は最早私のモノだ。未来永劫放す気はない」
夢……じゃないんだよね。これ、本当の本当に今実際にあたしにおきている出来事なんだよね?
「ふぇっ………」
さっき天音お姉ちゃんに縋ってあんなに泣いたのに……ううん、歌っている時も泣いていたのに…再び洪水を起こすあたしの涙腺。
すると吸血鬼様はあたしのほっぺに両手を添えて…
「ぐすっ…ひっく……っ!///////」
「……これが雨女の涙の味か…」
ななななななな舐めちゃった!!ってかまだほっぺに柔らかい感触があるんですけどっ!!
パニくってるあたしを他所に顔中にチュッチュとキスする吸血鬼様。
多分あたしの顔は今瞬間湯沸かし器のように熱く、茹蛸みたいにまっかっかになってるだろう。
そして麗しの吸血鬼様はあたしのほっぺから目元からキスしまくった後、漸く顔を離した。
その後流れるような動作ですっくと立ち上がると、これまたモデル顔負けの歩き方で窓際に行き、高級そうなカーテンを開けた。
うっ………今携帯があれば写メ撮りたいっ!!なんつーお宝ショットなのっ!!
「今夜は大雪だろうな…」
「え?」
「ここには魔力が漲っているんでね。お前の涙はそのまま天に伝わる」
「あ………言われて見れば何か祠と同じような“気”が……でも何で?」
「くす…気付いてないのか?自分の今の姿を」
そう言うと吸血鬼様は再びベッドに座っているあたしに近づき、髪を一房掴んであたしの目の前にちらつかせた。
「あ……浅葱色の髪だ…って事は今あたしは…」
「本来の姿だ。だからこの“印”を刻む事が出来たんだろう」
あたしの髪を弄んでいた吸血鬼様は、流れるような動作であたしの左手を取り、消えかかっている薔薇にキスをした。
「っ……!//////あああああああああアドルさんっ!!」
「何だ?」
「/////あのっ…あのっ…武藤先生はあまりそういう事はしないと…/////」
「人間に惚れられても仕方ないのでね。だが、これが本来の私だ」
うっとりするほど綺麗で、いつも無表情で、とてもストイックな憧れの人は本当は人間じゃなくて吸血鬼で、しかも台詞も仕草もとっても気障で……おまけにキス魔でスキンシップ過剰で……
「//////これじゃあたしの心臓が持ちません…」
「そのうち慣れる」
いつのまにかベッドから降ろされ、彼の細マッチョな身体に包まれているあたし。
照れ隠しに視線を窓の方へと向けると、さっき吸血鬼様が言った通り絶えることなく雪が降り続いており……
「まさにホワイト……だな」
「はい。これがあたしの唯一の“おつとめ”ですから」
「お前も、その“おつとめ”も私は誇りに思う」
極甘低音ボイスに更に輪をかけて腰砕けな囁きに、思わずあたしの力が抜けそうになる。
しかしそれを知っていたかのように吸血鬼様はその長い腕であたしの身体を支えてて…
「/////……その声反則ですっ」
「くす……お前には本来の私をもっと知って貰いたいからな…」
去年も一昨年も一人っきりの淋しいクリスマスだった。
だからよけい今こんなに幸せでいいのかなぁ~って思っちゃう。
クリスマスの奇跡って言うのかなコレ。人間だけだと思ってたけど、妖怪にもあるんだね。
先生がいつもつけているフレグランスに包まれながらあたしは心の中で叫んだ。
――――世界中の恋人達に、幸せな家庭に、サンタには敵わないけどあたしからのプレゼントを贈るから……だから受け取って!『ホワイトクリスマス』!!!
クリスマスの奇跡~異邦人(エトランゼ)だって恋をする~ ――プロローグ―― ― 2009/12/25 17:20
「それじゃあ雫(しずく)、後はお願いね~」
「くれぐれも戸締りはしっかりとな?」
そう言って回りにピンクやら紫色やらのハートをぶちまけてお手手つないでルンルンルンで出かけていくのは万年新婚夫婦の万年バカップル夫婦……なんの事はない。あたしの両親だ。
毎年この時期に北欧に旅行に出かける両親を見送ったあたしは玄関のドアを閉めて鍵をかけチェーンもしっかりと嵌めた。
♪♪♪♪♪
タイミング良くかかってきたのは携帯電話。発信者は勿論…
「もしもし?」
『し~ちゃん、あのバカップルどもは出かけた?』
「うん」
『これから“おつとめ”だよね?ごめん。実は今日も泊まりになりそうなんだ…』
「大丈夫だよ磨子お姉ちゃん。前回も大丈夫だったし……」
『前回って…確か10年前だったっけ?』
「そうだよ」
『くれぐれも油断しちゃ駄目だよ?し~ちゃんの“おつとめ”が確認出来たらメール入れるから』
「ありがと。あたし頑張るね」
あたしがそう言うと磨子お姉ちゃんは安心したような返事をしてから電話を切った。
一番上の姉である磨子お姉ちゃんは有名雑誌社の編集部お仕事をしている。今日も作家さんのところでお泊りのようだ。
「さてと、“おつとめ”を無事果たす為にもちょっと準備しておくか……」
あたしはそう言うとリビングに行き、秘蔵コレクションの中から某有名お涙頂戴アニメをセレクトした。
***********************
「う゛~~~っ!寒いっ!!」
某有名アニメで充分涙腺を緩めたあたしは真冬の最中だというのに真っ白な振袖一枚で山道を歩いている。
目指す祠は実はあたしが通っている私立高校の裏手にあるのだ。
「今日ってクリスマスイブだよね?世間ではカップルがいちゃつきまくって家々では家族の団欒があって…あったかい部屋に甘~いケーキ、そしてプレゼント……それなのにあたしはこの寒空の中たった一人、しかも着物一枚で歩いてるんだよ?あ~あ、人間って良いなぁ~~」
……今の呟きでわかると思うけど、実はあたしは妖怪ってやつなの。
父親は雪男で母親は縁障女。二人の姉がいるんだけど長女の磨子お姉ちゃんはバク……いわゆる夢魔ね。で、次女の天音お姉ちゃんは韋駄天……空を飛べるしとにかく脚が早いの…で、三女のあたし、雫は雨女。
クリスマスイブは人間界にいる雨女にとっては“おつとめ”をしなければいけない大切な日なのだ。しかもそれは10ごとに順番が廻って来る、所謂シフト制って言うヤツ?
あたしたち雨女は雪を振らせる為に祠で『雨降らしの歌』を歌うのだ。しかもちゃんと心を込めて歌わないと雪にならない。
だからあたしはより感情を込める為に自分が“おつとめ”を果たす時は号泣必須と言われるような映画を見る。
10年前に見たのは『キ○キ○ネ物語』だった。歌いながら号泣したあたしは見事『ホワイトクリスマス』にする事が出来たのだった。
「あたしだって人間で言えばピッチピチの女子高生。素敵な彼氏とラブラブクリスマス~だってありえる年齢なのにさ…」
次の“おつとめ”は悲恋モノでも見ようか。ヒロインと相手役をあたしと武藤先生に置き換えてさ、身分違いの恋、決して叶わぬ恋~…なんてね?
………あ、想像しただけで涙腺が緩んできた!!涙クンまだ駄目よ!祠に入ってからじゃなきゃ!
そうよ。あたしだって恋くらいは経験してる……っつーか、絶賛片思い中なんだけどさ。
しかも相手はずぇ~~ったいに恋してはならない人間様!
我校一のイケメンで生徒にも先生方にも人気があって、他校にはファンクラブらしきモノがあって追っかけまでいるという。
担当教科は国語。さらっさらのちょっと長めの黒髪に切れ長で睫毛ばっさばさの瞳。すっと通った高い鼻に、極めつけは男にしとくのはもったいないくらい艶々で色気のある唇。
そんな武藤先生はミラクルボイスの持ち主で、先生が教科書を読んでいる時はあたしにとって至福の一時なのだ。
しかし、先生はとってもストイック。生徒は勿論だけど他の先生方と談笑している場面すら見たことがない。
………そこがまた魅力的なんだけどね…
色白で痩身なのに、どさくさに紛れて先生に体当たりした勇敢少女の告白だと今でいうところの細マッチョ…な体型をされているらしい。
「いいの。どうせ叶わぬ恋なんだから。先生を見られるだけで幸せだもんあたし…」
目的の祠に辿り着くと、あたしは瞳を閉じて精神統一を始めた。
*************************
「うっく…ひっく…ふぇ~~~ん!天音お姉ちゃぁ~~ん!!」
「雫……」
あたしは今ウチのリビングで次女である天音お姉ちゃんに抱きつきながらわんわん泣いている。
無事“おつとめ”を果たしたあたしは仕事を終えて家に向かっている天音お姉ちゃんに助けを求めた。
あたしのヘルプを聞いた優しいお姉ちゃんはすぐさまあたしの前に現れて、あたしごと家まで飛んでくれたんだけど…
ガチャ
「しーちゃん!人間に見られたって!?」
「ぐすっ……磨子お姉ちゃん…」
「姉さん……」
今日は作家さんのところで泊まりだったはずの磨子お姉ちゃんが息を切らしながらリビングに入ってきた。
あたしは涙と鼻水でぐしょぐしょの顔を上げて磨子お姉ちゃんを見上げた。
無事“おつとめ”を果たしたあたしは雪が降る中とある場所へと向かったのだ。感傷的になっていたあたしは気がつくと校門の前に立っていた。
「……さすがに誰もいないよねぇ…」
今日終業式があり、明日から冬休みだからか今晩先生方がどこかの居酒屋で忘年会をすると誰かが言っていた。そのせいか電気が消えている校舎は昼間とはまったく別の姿をしているように思えた。
「…妖怪様にはこんな鍵なんて意味ないんだよ~ん」
そう言うとあたしは錠が降りている門をするっと通り抜けた。あたしたち妖怪はどんな物質も原子レベルまで拡大し、そのわずかな隙間を通り抜ける事が出来るのだ。壁だって塀だって、勿論ドアだって通り抜ける事が出来る。
…但し、本来の姿に戻った時のみ有効な能力なんだけどね…
校門を突破したあたしはそのまま昇降口に向かって歩みを進めた。
その時…
「誰だ。そこにいるのは」
「え?」
漆黒の闇の中に轟く低音ボイス。咄嗟に振り返ったあたしの浅葱の瞳に映ったのは………―――――――あたしが二年間恋してやまない人だった
**********************
「ぐすっ………」
「姉さん、どうにかならないの?」
「駄目よ。人間に姿を見られたらソレの記憶を抹消して姿を消す……これは人間界に住む妖怪の掟なのよ」
「でも雫にとっては初恋なのよ?それにその男に雫の正体がばれている筈ないし、せめてこの娘が卒業するまで…」
「確かに人間化しているあたし達の正体が彼等にばれる事はないわ。でもね?いずれは諦めなくてはならない想いなら早い方が良いと思わない?」
「でもっ…でもっ……あたし、まだ先生を……ひっく…」
磨子お姉ちゃんは人間が見る夢を操る事が出来る。実際起きた出来事を夢にする事も。そして磨子お姉ちゃんに夢を食べられた人間は二度とその内容を思い出せないのだ。
先生があたしの事を忘れる?いや、先生だけじゃない!クラスメイトも他の先生方も、校長先生も…学校関係者の記憶からあたしだけが消されるのだ。
「……姉さん、雫だけじゃなくてあたしに関する記憶もデリートして貰える?」
「ひっく…ひっく…あっ…あまねおねえちゃ……ひっく…」
「天音……あんた、もしかして…」
「うん。あたしも禁断の恋ってヤツに嵌ってる……ってか片思いだけどね」
あたしが天音お姉ちゃんの顔を見上げると、お姉ちゃんは辛そうに笑ってた。
それって……もしかしたら天音お姉ちゃんも人間に?
「はぁ~~~っ。あたし達ってついてないわ…」
「「え?」」
溜息をついてショートボブの髪をかき上げる磨子お姉ちゃん。
天音お姉ちゃん同様辛そうでも笑顔を浮かべていて…
「あたしもね、今担当している新人作家くんに片思いしてんの」
「嘘!」
思わずあたしの涙がひっこんじゃった!だってあたし達はお父さんとお母さんからくどいほどに人間に恋するなって言われて来たんだし…人間年齢でいうところの適齢期ってやつに該当する磨子お姉ちゃんはいろんな人からお見合いの話を受けては断るを繰り返していた筈だ。
「だって…姉さんその作家さんのところに泊まる事もあるんでしょう?」
「……うん。だからある意味地獄だったかも。
…………よしっ!今日は折角のイブだし、記憶の操作は明日にしようっ!今宵一晩お互いの好きな人について語り合おうではないかっ!」
「「賛成!!」」
磨子お姉ちゃんのその言葉に、あたしと天音お姉ちゃんは思いっきり賛同した。
「そうと決まればセッティング~~♪」
「あたしおつまみ作るね」
「雫、あんたも今日は無礼講よ!確か父さん秘蔵のナポレオンがあっちの棚にあったよねん♪」
天音お姉ちゃんはキッチンに、磨子お姉ちゃんとあたしはリビングに嬉々として向かった。
武藤先生を諦めるのは辛いけど、お姉ちゃん達もあたしと同じように苦しいんだ……そう思ったら何だか気持が軽くなった。
食器棚からグラスを三つとお箸を取り出しリビングのテーブルに並べる。食事はダイニングテーブルで食べているけど今日は特別だからって磨子お姉ちゃんがリビングのテーブルにクロスを敷いたのだ。
お皿やお箸、グラスと飲み物を置いていたら天音おねえちゃんが両手に大皿を持ってやって来た。
「とりあえず冷蔵庫にあるもので二品作ってみたよ」
「さすが天音お姉ちゃん!」
「おいしそう~~っ!」
「あ!あたしとっておきのお菓子提供しちゃうっ!」
「出して出して♪あたしも実は皆で食べようと思ってケーキを買ってきてあるのだ。
今晩はダイエットなんて考えないで只管食べて飲もう!」
「「お~っ!!」」
あたしが買い溜めしておいたスナックを戸棚から出し、磨子お姉ちゃんはいつの間に用意したのだろうちょっと大きめのホールサイズのクリスマスケーキを冷蔵庫から出してきた。
その間に天音お姉ちゃんは自作のおつまみを取り皿にわけ、しかもグラスにワインをついでくれた。
「さて、それでは我等姉妹の前途を祝して…」
「え~~だって三人とも失恋決定なんでしょ?」
「いいのいいの!イケメン妖怪に会えるチャンスが出来たと思えば目出度いじゃない?ってな訳でかんぱぁ~~~いっ!」
「「かんぱぁ~いっ!」
三人でグラスを掲げてカチっとぶつけたその時…
ピ~ンポ~ン
「何?あの間延びしたまぬけなチャイムは」
「あ…あたし出てくる。お姉ちゃん達は食べてて」
「そう?ごめんね雫」
二人の姉達にそう言うと、あたしはグラスをテーブルに置いて立ち上がると玄関に向かった。
「あの…どちら様で…?」
『こちらは雪野 磨子様、天音様、雫様のお宅でしょうか?』
「あの、雫はあたしで磨子と天音は姉達ですが、あなたは?」
『さるお方より貴方様方をお連れするよう言付かっておる者です』
「え?」
「し~ちゃんどうしたの?」
「雫?」
「お姉ちゃん!」
『おお!なんとお三方お揃いですな?それは結構結構!しからば…』
ッス…
「ぎゃあっ!」
「え!?」
「嘘っ!」
ドアを通り抜けるようにして現れたのは、TVや漫画で言うところの執事スタイルをしたおじいさんで…
「突然訪問した失礼は後程お詫びさせて頂きますので、今すぐ私と一緒に来て下さい。お前達、こちらのお嬢様方をお連れするのだ」
「「「「「は!」」」」」
おじいさんがそう言うと、彼と同じようにドアを通り抜けて現れた黒服男達があっという間にあたし達を捕獲(?)した。
「ちょっ!あんた達いったい何者なのっ!」
「なっ…何す…」
「放せ!人攫い!」
「くす……若様の大切なお方に手荒な真似はいたしとうないのですが…仕方ありませんな」
「「「え?」」」
おじいさんがそう言って右手を上げた直後、あたし達の意識は途切れたのだった。
「くれぐれも戸締りはしっかりとな?」
そう言って回りにピンクやら紫色やらのハートをぶちまけてお手手つないでルンルンルンで出かけていくのは万年新婚夫婦の万年バカップル夫婦……なんの事はない。あたしの両親だ。
毎年この時期に北欧に旅行に出かける両親を見送ったあたしは玄関のドアを閉めて鍵をかけチェーンもしっかりと嵌めた。
♪♪♪♪♪
タイミング良くかかってきたのは携帯電話。発信者は勿論…
「もしもし?」
『し~ちゃん、あのバカップルどもは出かけた?』
「うん」
『これから“おつとめ”だよね?ごめん。実は今日も泊まりになりそうなんだ…』
「大丈夫だよ磨子お姉ちゃん。前回も大丈夫だったし……」
『前回って…確か10年前だったっけ?』
「そうだよ」
『くれぐれも油断しちゃ駄目だよ?し~ちゃんの“おつとめ”が確認出来たらメール入れるから』
「ありがと。あたし頑張るね」
あたしがそう言うと磨子お姉ちゃんは安心したような返事をしてから電話を切った。
一番上の姉である磨子お姉ちゃんは有名雑誌社の編集部お仕事をしている。今日も作家さんのところでお泊りのようだ。
「さてと、“おつとめ”を無事果たす為にもちょっと準備しておくか……」
あたしはそう言うとリビングに行き、秘蔵コレクションの中から某有名お涙頂戴アニメをセレクトした。
***********************
「う゛~~~っ!寒いっ!!」
某有名アニメで充分涙腺を緩めたあたしは真冬の最中だというのに真っ白な振袖一枚で山道を歩いている。
目指す祠は実はあたしが通っている私立高校の裏手にあるのだ。
「今日ってクリスマスイブだよね?世間ではカップルがいちゃつきまくって家々では家族の団欒があって…あったかい部屋に甘~いケーキ、そしてプレゼント……それなのにあたしはこの寒空の中たった一人、しかも着物一枚で歩いてるんだよ?あ~あ、人間って良いなぁ~~」
……今の呟きでわかると思うけど、実はあたしは妖怪ってやつなの。
父親は雪男で母親は縁障女。二人の姉がいるんだけど長女の磨子お姉ちゃんはバク……いわゆる夢魔ね。で、次女の天音お姉ちゃんは韋駄天……空を飛べるしとにかく脚が早いの…で、三女のあたし、雫は雨女。
クリスマスイブは人間界にいる雨女にとっては“おつとめ”をしなければいけない大切な日なのだ。しかもそれは10ごとに順番が廻って来る、所謂シフト制って言うヤツ?
あたしたち雨女は雪を振らせる為に祠で『雨降らしの歌』を歌うのだ。しかもちゃんと心を込めて歌わないと雪にならない。
だからあたしはより感情を込める為に自分が“おつとめ”を果たす時は号泣必須と言われるような映画を見る。
10年前に見たのは『キ○キ○ネ物語』だった。歌いながら号泣したあたしは見事『ホワイトクリスマス』にする事が出来たのだった。
「あたしだって人間で言えばピッチピチの女子高生。素敵な彼氏とラブラブクリスマス~だってありえる年齢なのにさ…」
次の“おつとめ”は悲恋モノでも見ようか。ヒロインと相手役をあたしと武藤先生に置き換えてさ、身分違いの恋、決して叶わぬ恋~…なんてね?
………あ、想像しただけで涙腺が緩んできた!!涙クンまだ駄目よ!祠に入ってからじゃなきゃ!
そうよ。あたしだって恋くらいは経験してる……っつーか、絶賛片思い中なんだけどさ。
しかも相手はずぇ~~ったいに恋してはならない人間様!
我校一のイケメンで生徒にも先生方にも人気があって、他校にはファンクラブらしきモノがあって追っかけまでいるという。
担当教科は国語。さらっさらのちょっと長めの黒髪に切れ長で睫毛ばっさばさの瞳。すっと通った高い鼻に、極めつけは男にしとくのはもったいないくらい艶々で色気のある唇。
そんな武藤先生はミラクルボイスの持ち主で、先生が教科書を読んでいる時はあたしにとって至福の一時なのだ。
しかし、先生はとってもストイック。生徒は勿論だけど他の先生方と談笑している場面すら見たことがない。
………そこがまた魅力的なんだけどね…
色白で痩身なのに、どさくさに紛れて先生に体当たりした勇敢少女の告白だと今でいうところの細マッチョ…な体型をされているらしい。
「いいの。どうせ叶わぬ恋なんだから。先生を見られるだけで幸せだもんあたし…」
目的の祠に辿り着くと、あたしは瞳を閉じて精神統一を始めた。
*************************
「うっく…ひっく…ふぇ~~~ん!天音お姉ちゃぁ~~ん!!」
「雫……」
あたしは今ウチのリビングで次女である天音お姉ちゃんに抱きつきながらわんわん泣いている。
無事“おつとめ”を果たしたあたしは仕事を終えて家に向かっている天音お姉ちゃんに助けを求めた。
あたしのヘルプを聞いた優しいお姉ちゃんはすぐさまあたしの前に現れて、あたしごと家まで飛んでくれたんだけど…
ガチャ
「しーちゃん!人間に見られたって!?」
「ぐすっ……磨子お姉ちゃん…」
「姉さん……」
今日は作家さんのところで泊まりだったはずの磨子お姉ちゃんが息を切らしながらリビングに入ってきた。
あたしは涙と鼻水でぐしょぐしょの顔を上げて磨子お姉ちゃんを見上げた。
無事“おつとめ”を果たしたあたしは雪が降る中とある場所へと向かったのだ。感傷的になっていたあたしは気がつくと校門の前に立っていた。
「……さすがに誰もいないよねぇ…」
今日終業式があり、明日から冬休みだからか今晩先生方がどこかの居酒屋で忘年会をすると誰かが言っていた。そのせいか電気が消えている校舎は昼間とはまったく別の姿をしているように思えた。
「…妖怪様にはこんな鍵なんて意味ないんだよ~ん」
そう言うとあたしは錠が降りている門をするっと通り抜けた。あたしたち妖怪はどんな物質も原子レベルまで拡大し、そのわずかな隙間を通り抜ける事が出来るのだ。壁だって塀だって、勿論ドアだって通り抜ける事が出来る。
…但し、本来の姿に戻った時のみ有効な能力なんだけどね…
校門を突破したあたしはそのまま昇降口に向かって歩みを進めた。
その時…
「誰だ。そこにいるのは」
「え?」
漆黒の闇の中に轟く低音ボイス。咄嗟に振り返ったあたしの浅葱の瞳に映ったのは………―――――――あたしが二年間恋してやまない人だった
**********************
「ぐすっ………」
「姉さん、どうにかならないの?」
「駄目よ。人間に姿を見られたらソレの記憶を抹消して姿を消す……これは人間界に住む妖怪の掟なのよ」
「でも雫にとっては初恋なのよ?それにその男に雫の正体がばれている筈ないし、せめてこの娘が卒業するまで…」
「確かに人間化しているあたし達の正体が彼等にばれる事はないわ。でもね?いずれは諦めなくてはならない想いなら早い方が良いと思わない?」
「でもっ…でもっ……あたし、まだ先生を……ひっく…」
磨子お姉ちゃんは人間が見る夢を操る事が出来る。実際起きた出来事を夢にする事も。そして磨子お姉ちゃんに夢を食べられた人間は二度とその内容を思い出せないのだ。
先生があたしの事を忘れる?いや、先生だけじゃない!クラスメイトも他の先生方も、校長先生も…学校関係者の記憶からあたしだけが消されるのだ。
「……姉さん、雫だけじゃなくてあたしに関する記憶もデリートして貰える?」
「ひっく…ひっく…あっ…あまねおねえちゃ……ひっく…」
「天音……あんた、もしかして…」
「うん。あたしも禁断の恋ってヤツに嵌ってる……ってか片思いだけどね」
あたしが天音お姉ちゃんの顔を見上げると、お姉ちゃんは辛そうに笑ってた。
それって……もしかしたら天音お姉ちゃんも人間に?
「はぁ~~~っ。あたし達ってついてないわ…」
「「え?」」
溜息をついてショートボブの髪をかき上げる磨子お姉ちゃん。
天音お姉ちゃん同様辛そうでも笑顔を浮かべていて…
「あたしもね、今担当している新人作家くんに片思いしてんの」
「嘘!」
思わずあたしの涙がひっこんじゃった!だってあたし達はお父さんとお母さんからくどいほどに人間に恋するなって言われて来たんだし…人間年齢でいうところの適齢期ってやつに該当する磨子お姉ちゃんはいろんな人からお見合いの話を受けては断るを繰り返していた筈だ。
「だって…姉さんその作家さんのところに泊まる事もあるんでしょう?」
「……うん。だからある意味地獄だったかも。
…………よしっ!今日は折角のイブだし、記憶の操作は明日にしようっ!今宵一晩お互いの好きな人について語り合おうではないかっ!」
「「賛成!!」」
磨子お姉ちゃんのその言葉に、あたしと天音お姉ちゃんは思いっきり賛同した。
「そうと決まればセッティング~~♪」
「あたしおつまみ作るね」
「雫、あんたも今日は無礼講よ!確か父さん秘蔵のナポレオンがあっちの棚にあったよねん♪」
天音お姉ちゃんはキッチンに、磨子お姉ちゃんとあたしはリビングに嬉々として向かった。
武藤先生を諦めるのは辛いけど、お姉ちゃん達もあたしと同じように苦しいんだ……そう思ったら何だか気持が軽くなった。
食器棚からグラスを三つとお箸を取り出しリビングのテーブルに並べる。食事はダイニングテーブルで食べているけど今日は特別だからって磨子お姉ちゃんがリビングのテーブルにクロスを敷いたのだ。
お皿やお箸、グラスと飲み物を置いていたら天音おねえちゃんが両手に大皿を持ってやって来た。
「とりあえず冷蔵庫にあるもので二品作ってみたよ」
「さすが天音お姉ちゃん!」
「おいしそう~~っ!」
「あ!あたしとっておきのお菓子提供しちゃうっ!」
「出して出して♪あたしも実は皆で食べようと思ってケーキを買ってきてあるのだ。
今晩はダイエットなんて考えないで只管食べて飲もう!」
「「お~っ!!」」
あたしが買い溜めしておいたスナックを戸棚から出し、磨子お姉ちゃんはいつの間に用意したのだろうちょっと大きめのホールサイズのクリスマスケーキを冷蔵庫から出してきた。
その間に天音お姉ちゃんは自作のおつまみを取り皿にわけ、しかもグラスにワインをついでくれた。
「さて、それでは我等姉妹の前途を祝して…」
「え~~だって三人とも失恋決定なんでしょ?」
「いいのいいの!イケメン妖怪に会えるチャンスが出来たと思えば目出度いじゃない?ってな訳でかんぱぁ~~~いっ!」
「「かんぱぁ~いっ!」
三人でグラスを掲げてカチっとぶつけたその時…
ピ~ンポ~ン
「何?あの間延びしたまぬけなチャイムは」
「あ…あたし出てくる。お姉ちゃん達は食べてて」
「そう?ごめんね雫」
二人の姉達にそう言うと、あたしはグラスをテーブルに置いて立ち上がると玄関に向かった。
「あの…どちら様で…?」
『こちらは雪野 磨子様、天音様、雫様のお宅でしょうか?』
「あの、雫はあたしで磨子と天音は姉達ですが、あなたは?」
『さるお方より貴方様方をお連れするよう言付かっておる者です』
「え?」
「し~ちゃんどうしたの?」
「雫?」
「お姉ちゃん!」
『おお!なんとお三方お揃いですな?それは結構結構!しからば…』
ッス…
「ぎゃあっ!」
「え!?」
「嘘っ!」
ドアを通り抜けるようにして現れたのは、TVや漫画で言うところの執事スタイルをしたおじいさんで…
「突然訪問した失礼は後程お詫びさせて頂きますので、今すぐ私と一緒に来て下さい。お前達、こちらのお嬢様方をお連れするのだ」
「「「「「は!」」」」」
おじいさんがそう言うと、彼と同じようにドアを通り抜けて現れた黒服男達があっという間にあたし達を捕獲(?)した。
「ちょっ!あんた達いったい何者なのっ!」
「なっ…何す…」
「放せ!人攫い!」
「くす……若様の大切なお方に手荒な真似はいたしとうないのですが…仕方ありませんな」
「「「え?」」」
おじいさんがそう言って右手を上げた直後、あたし達の意識は途切れたのだった。
一周年&クリスマス記念 ― 2009/12/25 17:21
何だかんだで何時の間にかアサブロを初めて1年が経過。
最初は週1更新の筈が、スランプやネタ切れ、そして子供の幼稚園事情などでなかなか創作時間が取れず………
(いや、それよりも欲張って中身をいじくるからぐぐってる暇がないと言う状態だろう!自分!)
にもかかわらず、こんな辺境ブログに足を運んで下さる訪問者の方、大変感謝いたしております。
本来なら「人魚姫~」は年内に完結する筈だったんだけど……重箱の隅をつつきすぎかもしれん…(汗)
更新停滞中の作品ばかりだけど、最終話だけは何故か出来ていたりするので(但しまだ文章化はしていない…)、気長に待って下されば嬉しいです。
****************
☆本日の更新
クリスマス短編連作3本(現代FT?教師×生徒、作家×担当者、後輩×先輩…かな?但し管理人の思いのままに一気に創作した為、ところどころ怪しい箇所があったりします。が、そこは、その、ファンタジーという事で見逃して下され…ぺこり)
最初は週1更新の筈が、スランプやネタ切れ、そして子供の幼稚園事情などでなかなか創作時間が取れず………
(いや、それよりも欲張って中身をいじくるからぐぐってる暇がないと言う状態だろう!自分!)
にもかかわらず、こんな辺境ブログに足を運んで下さる訪問者の方、大変感謝いたしております。
本来なら「人魚姫~」は年内に完結する筈だったんだけど……重箱の隅をつつきすぎかもしれん…(汗)
更新停滞中の作品ばかりだけど、最終話だけは何故か出来ていたりするので(但しまだ文章化はしていない…)、気長に待って下されば嬉しいです。
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