クリスマスの奇跡~異邦人(エトランゼ)だって恋をする~ ――三女 雫編―― ― 2009/12/25 17:18
―――雪野
ん……あれ?誰かあたしを呼んでる?
―――雪野。雪野 雫、起きろ
……あと五分……
―――くす……これじゃ妖怪雨女じゃなくて只の眠り姫だな。だが、いいかげん起きてくれ
…へ?誰?何であたしの正体を知ってるの?でもこの声ってなんかやけに聞覚えがあるような…
―――ふむ。御伽噺の姫君は確か王子のキスで目覚めるんだったな。ならば…
…え?それって…ちょっ…あのっ…まっ…
ガバッ
「駄目ぇ~~っ!あたしまだ武藤先生が好きなのっ!失恋だってわかっててもまだ未練があるのーーーーーーーーっ!!!……って……あれ?ここは…どこ?」
どこの誰か知らない奴に勝手にファーストキスを取られてはたまらん!と、あたしは勢い良く起き上がりきょろきょろと周りを見渡した。
薄暗い照明のやけに広い部屋には、どこのホテルだ?と思うような家具やインテリアが置いてあり、あたしはふっかふかの羽毛布団に包まれおっきなベッドの上に座っていた。
「やっと目が覚めたか?」
「っ…!」
突然頭上から響いて来た魅惑の低音ボイス。恐る恐る首を動かして声が聞こえて来た方に顔を向ける。すると…
「おはよう」
「え?ちょっ…あのっ…なっ…なんっ…なんっ……」
酸欠の金魚のように口をパクパクする。突然の事に混乱して上手く言葉が出て来ないのだ。
だって高い位置からあたしを見下ろし、その色っぽい口の端を僅かにあげてスマイルを浮かべているのは、あたしが最も知っている人物で…
「むむむむむ…むとむとむと………」
「まず落ち着け雪野。わからない事は順を追って説明してやるから。ほら深呼吸」
すーはーすーはーすーはー………
あたしはその長い指が置かれた両肩を上げ下げするように深呼吸を繰り返した。
何で武藤先生が?それにさっきの夢、あたしに何か言ってた人は武藤先生と同じ声だった。
…って、まさかアレって夢じゃない?
「くす…少しは落ち着いたか?」
「あの、何であたしここに。そっ…それよりお姉ちゃんが!」
「ああ、彼女達なら大丈夫。今頃従弟達と一緒だろう」
「へ?いとこ?」
「それより…雪野…いや、雫と呼ばせて貰おうか…」
「はっ…はいぃ~?」
「先ほど聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだが?」
「っ……!!!!」
びっ…美形のドアップって心臓に悪すぎっ!!ってか、何で愛しの先生とこんなシチュエーションを展開してるんだ?
これって…夢?ああ!夢なら覚めないで!!磨子お姉ちゃん!ずぇ~~~~ったいに食べないでよっ!!
「まだ寝ぼけてるのか?」
「ふぇ?」
「さっきから雫の質問を待ってるんだが……先に答えてしまった方が良さそうだな。
まず、これは夢ではない」
「はい」
「次、ここは私の家だ。ついでに言うと雫が今いるのは私の寝室」
「はい…って…え?先生の寝室ってことは……」
「くす……私のベッドの上、だ」
そう言った後、先生はにやりという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべたんだけど…
キラリ…
あれ?今口元で何か光った…………よね?
「それと雪野三姉妹を迎えに行ったのは父の使いの者だ。名前をセバスチャンと言う」
「はぁ………」
「そして最後の質問の答えだが………―――すくすく育て私の子らよ 母の愛 命の水 そなた等に恵みの雨を届けましょう―――……」
「ええーーーーーーーーーーっ!!ななななななな何で人間が!?」
先生の口から出たのはあたしが、あたしら雨女が歌う『雨降らしの歌』の歌詞だ。でもそれは人間の耳には聞き取る事が出来ない…筈…
再び口をぱくぱくさせて固まるあたし。すると先生は…
「答えて欲しければ報酬を頂くが?」
「ほうしゅう?」
「こう言う事だ」
ぐいっ
え?……何て惚けていたら先生の両手が肩から背中あたりに移動してて、しかも何故か右肩あたりに重みを感じていて…
かぷ…ぺろり…
「ぎゃあ~っ……///////ななななな」
「ん………種族は別だが流石に人外だけあるな。非常に美味だ…」
耳の下あたりにチクッと針を指されたような鈍い痛みを感じた直後、ヌメっとした何とも言えない感触があり背筋がぞわっとした。
しかし先生はその直後にあたしの身体を離して…
「///////あ…あのあのあの……さっきガブって…それに……ままままままさかまさかせんせ……」
「くす……驚かせてすまなかった。実は私は今借りの姿でね」
「え?………っ!まぶしっ!!…………ってぇ!?」
一瞬どこのスタジオだと思えるような眩しい電気がついたかと思ったら、次の瞬間にあたしの目の前には腰まで伸びた銀髪に黒いマント、薄暗い部屋でもはっきりわかる深紅の瞳の……先生じゃない男の人が立っており…
「え?…って!あ…あのあの…どっ…どちらさま…じゃなくて!!ががががが外国の人だからっ…えっと…っふ…ふぅーあーゆー?」
「私の名はアドリアン・フロレスク……ヴァンパイアだ」
えええーーーーーーーーーーーーーっ!!ヴァンパイアって事は…………!
「きゅう…けつ…き?」
「和訳だとそうだな」
「でも、何で先生あたしの歌…」
「この姿の私は黒耀高校の国語教師 武藤 吾(あたる)ではない。だからアドルと呼んで欲しい」
「あああああああアドルさん、さっきの質問なんですけど…」
「敬称もいらないのだが……仕方ないな。………雫、2年前の入学式を覚えているか?」
そんなの忘れる訳がない!だって……!!
「覚えてますよ!だってあの時……」
「そう。私達が初めて会った日だ。お前は他の木と比べて開花が遅い1本の桜の木の下に立っていた…」
まるでピンクの絨毯のような桜の下。木の精かと思えるように綺麗な男の人が立っていた。
それが……武藤先生だった。
「お前の声に気付いたのは男子生徒だったが、歌に気付いたのは私だけだった。ソレに導かれるように中庭に行くと1本の木に語りかけるように歌っているお前の姿が飛び込んで来たんだ。
知識として知っていた。東の国に雨を降らす事が出来る妖怪がいると。我等の中で唯一天に意思を届ける事が出来るモノ……それが雨女だと」
あたしはそんなご大層な妖怪じゃない。父さんみたいに雪山で遭難した人を助ける力も無ければ母さんみたいに人の心を操れる事も出来ない。
天音お姉ちゃんみたいに飛べないし、磨子お姉ちゃんみたいに記憶を操れない。
あたしに出来る事は雨を降らす事だけ。それだけしか能が無いのに…
「まるで母の胎内にいるような感覚だった。それほどお前の歌は温かく慈愛に満ちていた」
「……あれはたまたまあの木の声が聞こえたような気がして…」
「一目惚れ……と気付いたのはだいぶ後になってからだったな」
「へ?」
いっ…今せんせ……じゃなかった!アドルさんの口からすっごい言葉が出たよね?
でも目の前の吸血鬼様は遠い目をされて淡々と語り始め…
「祖父の予言……東の国に行けばそなたの運命が見つかる……それを信じて旅立ったのは成人して直ぐだ。
故郷を離れて幾千里……インド、ネパール、チベット、ブータン…ヒトとして生きる為に何でもやった。いろんなライセンスも取得した。時には兵士として戦争に借り出されもした。長かった戦争。だが私はこの能力のせいで目の前で銃で打たれても、ナイフで刺されても死ぬことはなかったな…。
そして漸く訪れた平和。私は運命のヒトを求めて中国に渡った。それから韓国に入り日本へと……」
兵士って……第二次世界大戦?それとも第一次?それとももっと前の?
ってか、ドラキュラって確か西洋の妖怪だよね?飛行機だったら日本まで遠くても13~14時間くらいで着かない?
でもこの吸血鬼様の口調だと、何か、わざわざ歩いて日本まで来たように思えるんだけど…
「あ…あの、聞いていいですか?」
「くす…またか?雫は質問が多いな」
「はい。あの…しっ…失礼とは思いますがアドルさんは…いくつ何ですか?」
「人間では30だが……実年齢は400歳といったところか。我一族は長命なのでね。それより…」
スッ
「っ………!!」
「大和の国の歌姫よ、どうか私の花嫁に…」
突然吸血鬼様が屈んだと思ったら片膝をついていて…これって所謂跪いているってシチュエーションだよね?ほら、よく漫画とかで王子様がやるヤツ
それより、歌姫?それってもしかしてあたしの事?
カプッ…
「/////っ…!あっ…あのっあのっ…あたし……って!あああ~~~っ!」
あまりに絵になるようなそのエレガントさに見惚れていたあたしは、何時の間にか左手を掴まれて、その直後に手首に噛み付かれた。
「これはヴァンパイアの花嫁の証」
そう言われて手首を見ると……なななななな何で!?ってかこれって……薔薇?!
あたしの左手首には真っ赤でとてもゴージャスな花の絵があり…
「いいいいい入墨ぃ~~っ!」
「今はタトゥーと言うのだろう?」
「そそそそそんな問題じゃなぁ~い!ここここここれどうやって隠すの!体育の時とかどうすれば…」
「問題ない。それより返事は肯定ととっていいんだな?」
そう言ってあたしを見上げる吸血鬼様の真っ赤な瞳はとても優しげで…
「……あたし、まだ100歳なんですけど…」
「我等の世界でも年の差カップルとやらはいるらしい」
そりゃあ今人間界だって年の差萌えカプなんて当たり前みたいだけど…
「あたし失恋したって思ってて…」
「……この私がいつお前を振ったのだ?」
「だって…だってあの姿を見られたから…」
「同じ妖怪同士なら問題ないだろう?」
「ほ…ほんとに、あたし、先生を諦めなくていいの?」
「アドルだ。諦めるどころかお前は最早私のモノだ。未来永劫放す気はない」
夢……じゃないんだよね。これ、本当の本当に今実際にあたしにおきている出来事なんだよね?
「ふぇっ………」
さっき天音お姉ちゃんに縋ってあんなに泣いたのに……ううん、歌っている時も泣いていたのに…再び洪水を起こすあたしの涙腺。
すると吸血鬼様はあたしのほっぺに両手を添えて…
「ぐすっ…ひっく……っ!///////」
「……これが雨女の涙の味か…」
ななななななな舐めちゃった!!ってかまだほっぺに柔らかい感触があるんですけどっ!!
パニくってるあたしを他所に顔中にチュッチュとキスする吸血鬼様。
多分あたしの顔は今瞬間湯沸かし器のように熱く、茹蛸みたいにまっかっかになってるだろう。
そして麗しの吸血鬼様はあたしのほっぺから目元からキスしまくった後、漸く顔を離した。
その後流れるような動作ですっくと立ち上がると、これまたモデル顔負けの歩き方で窓際に行き、高級そうなカーテンを開けた。
うっ………今携帯があれば写メ撮りたいっ!!なんつーお宝ショットなのっ!!
「今夜は大雪だろうな…」
「え?」
「ここには魔力が漲っているんでね。お前の涙はそのまま天に伝わる」
「あ………言われて見れば何か祠と同じような“気”が……でも何で?」
「くす…気付いてないのか?自分の今の姿を」
そう言うと吸血鬼様は再びベッドに座っているあたしに近づき、髪を一房掴んであたしの目の前にちらつかせた。
「あ……浅葱色の髪だ…って事は今あたしは…」
「本来の姿だ。だからこの“印”を刻む事が出来たんだろう」
あたしの髪を弄んでいた吸血鬼様は、流れるような動作であたしの左手を取り、消えかかっている薔薇にキスをした。
「っ……!//////あああああああああアドルさんっ!!」
「何だ?」
「/////あのっ…あのっ…武藤先生はあまりそういう事はしないと…/////」
「人間に惚れられても仕方ないのでね。だが、これが本来の私だ」
うっとりするほど綺麗で、いつも無表情で、とてもストイックな憧れの人は本当は人間じゃなくて吸血鬼で、しかも台詞も仕草もとっても気障で……おまけにキス魔でスキンシップ過剰で……
「//////これじゃあたしの心臓が持ちません…」
「そのうち慣れる」
いつのまにかベッドから降ろされ、彼の細マッチョな身体に包まれているあたし。
照れ隠しに視線を窓の方へと向けると、さっき吸血鬼様が言った通り絶えることなく雪が降り続いており……
「まさにホワイト……だな」
「はい。これがあたしの唯一の“おつとめ”ですから」
「お前も、その“おつとめ”も私は誇りに思う」
極甘低音ボイスに更に輪をかけて腰砕けな囁きに、思わずあたしの力が抜けそうになる。
しかしそれを知っていたかのように吸血鬼様はその長い腕であたしの身体を支えてて…
「/////……その声反則ですっ」
「くす……お前には本来の私をもっと知って貰いたいからな…」
去年も一昨年も一人っきりの淋しいクリスマスだった。
だからよけい今こんなに幸せでいいのかなぁ~って思っちゃう。
クリスマスの奇跡って言うのかなコレ。人間だけだと思ってたけど、妖怪にもあるんだね。
先生がいつもつけているフレグランスに包まれながらあたしは心の中で叫んだ。
――――世界中の恋人達に、幸せな家庭に、サンタには敵わないけどあたしからのプレゼントを贈るから……だから受け取って!『ホワイトクリスマス』!!!
ん……あれ?誰かあたしを呼んでる?
―――雪野。雪野 雫、起きろ
……あと五分……
―――くす……これじゃ妖怪雨女じゃなくて只の眠り姫だな。だが、いいかげん起きてくれ
…へ?誰?何であたしの正体を知ってるの?でもこの声ってなんかやけに聞覚えがあるような…
―――ふむ。御伽噺の姫君は確か王子のキスで目覚めるんだったな。ならば…
…え?それって…ちょっ…あのっ…まっ…
ガバッ
「駄目ぇ~~っ!あたしまだ武藤先生が好きなのっ!失恋だってわかっててもまだ未練があるのーーーーーーーーっ!!!……って……あれ?ここは…どこ?」
どこの誰か知らない奴に勝手にファーストキスを取られてはたまらん!と、あたしは勢い良く起き上がりきょろきょろと周りを見渡した。
薄暗い照明のやけに広い部屋には、どこのホテルだ?と思うような家具やインテリアが置いてあり、あたしはふっかふかの羽毛布団に包まれおっきなベッドの上に座っていた。
「やっと目が覚めたか?」
「っ…!」
突然頭上から響いて来た魅惑の低音ボイス。恐る恐る首を動かして声が聞こえて来た方に顔を向ける。すると…
「おはよう」
「え?ちょっ…あのっ…なっ…なんっ…なんっ……」
酸欠の金魚のように口をパクパクする。突然の事に混乱して上手く言葉が出て来ないのだ。
だって高い位置からあたしを見下ろし、その色っぽい口の端を僅かにあげてスマイルを浮かべているのは、あたしが最も知っている人物で…
「むむむむむ…むとむとむと………」
「まず落ち着け雪野。わからない事は順を追って説明してやるから。ほら深呼吸」
すーはーすーはーすーはー………
あたしはその長い指が置かれた両肩を上げ下げするように深呼吸を繰り返した。
何で武藤先生が?それにさっきの夢、あたしに何か言ってた人は武藤先生と同じ声だった。
…って、まさかアレって夢じゃない?
「くす…少しは落ち着いたか?」
「あの、何であたしここに。そっ…それよりお姉ちゃんが!」
「ああ、彼女達なら大丈夫。今頃従弟達と一緒だろう」
「へ?いとこ?」
「それより…雪野…いや、雫と呼ばせて貰おうか…」
「はっ…はいぃ~?」
「先ほど聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんだが?」
「っ……!!!!」
びっ…美形のドアップって心臓に悪すぎっ!!ってか、何で愛しの先生とこんなシチュエーションを展開してるんだ?
これって…夢?ああ!夢なら覚めないで!!磨子お姉ちゃん!ずぇ~~~~ったいに食べないでよっ!!
「まだ寝ぼけてるのか?」
「ふぇ?」
「さっきから雫の質問を待ってるんだが……先に答えてしまった方が良さそうだな。
まず、これは夢ではない」
「はい」
「次、ここは私の家だ。ついでに言うと雫が今いるのは私の寝室」
「はい…って…え?先生の寝室ってことは……」
「くす……私のベッドの上、だ」
そう言った後、先生はにやりという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべたんだけど…
キラリ…
あれ?今口元で何か光った…………よね?
「それと雪野三姉妹を迎えに行ったのは父の使いの者だ。名前をセバスチャンと言う」
「はぁ………」
「そして最後の質問の答えだが………―――すくすく育て私の子らよ 母の愛 命の水 そなた等に恵みの雨を届けましょう―――……」
「ええーーーーーーーーーーっ!!ななななななな何で人間が!?」
先生の口から出たのはあたしが、あたしら雨女が歌う『雨降らしの歌』の歌詞だ。でもそれは人間の耳には聞き取る事が出来ない…筈…
再び口をぱくぱくさせて固まるあたし。すると先生は…
「答えて欲しければ報酬を頂くが?」
「ほうしゅう?」
「こう言う事だ」
ぐいっ
え?……何て惚けていたら先生の両手が肩から背中あたりに移動してて、しかも何故か右肩あたりに重みを感じていて…
かぷ…ぺろり…
「ぎゃあ~っ……///////ななななな」
「ん………種族は別だが流石に人外だけあるな。非常に美味だ…」
耳の下あたりにチクッと針を指されたような鈍い痛みを感じた直後、ヌメっとした何とも言えない感触があり背筋がぞわっとした。
しかし先生はその直後にあたしの身体を離して…
「///////あ…あのあのあの……さっきガブって…それに……ままままままさかまさかせんせ……」
「くす……驚かせてすまなかった。実は私は今借りの姿でね」
「え?………っ!まぶしっ!!…………ってぇ!?」
一瞬どこのスタジオだと思えるような眩しい電気がついたかと思ったら、次の瞬間にあたしの目の前には腰まで伸びた銀髪に黒いマント、薄暗い部屋でもはっきりわかる深紅の瞳の……先生じゃない男の人が立っており…
「え?…って!あ…あのあの…どっ…どちらさま…じゃなくて!!ががががが外国の人だからっ…えっと…っふ…ふぅーあーゆー?」
「私の名はアドリアン・フロレスク……ヴァンパイアだ」
えええーーーーーーーーーーーーーっ!!ヴァンパイアって事は…………!
「きゅう…けつ…き?」
「和訳だとそうだな」
「でも、何で先生あたしの歌…」
「この姿の私は黒耀高校の国語教師 武藤 吾(あたる)ではない。だからアドルと呼んで欲しい」
「あああああああアドルさん、さっきの質問なんですけど…」
「敬称もいらないのだが……仕方ないな。………雫、2年前の入学式を覚えているか?」
そんなの忘れる訳がない!だって……!!
「覚えてますよ!だってあの時……」
「そう。私達が初めて会った日だ。お前は他の木と比べて開花が遅い1本の桜の木の下に立っていた…」
まるでピンクの絨毯のような桜の下。木の精かと思えるように綺麗な男の人が立っていた。
それが……武藤先生だった。
「お前の声に気付いたのは男子生徒だったが、歌に気付いたのは私だけだった。ソレに導かれるように中庭に行くと1本の木に語りかけるように歌っているお前の姿が飛び込んで来たんだ。
知識として知っていた。東の国に雨を降らす事が出来る妖怪がいると。我等の中で唯一天に意思を届ける事が出来るモノ……それが雨女だと」
あたしはそんなご大層な妖怪じゃない。父さんみたいに雪山で遭難した人を助ける力も無ければ母さんみたいに人の心を操れる事も出来ない。
天音お姉ちゃんみたいに飛べないし、磨子お姉ちゃんみたいに記憶を操れない。
あたしに出来る事は雨を降らす事だけ。それだけしか能が無いのに…
「まるで母の胎内にいるような感覚だった。それほどお前の歌は温かく慈愛に満ちていた」
「……あれはたまたまあの木の声が聞こえたような気がして…」
「一目惚れ……と気付いたのはだいぶ後になってからだったな」
「へ?」
いっ…今せんせ……じゃなかった!アドルさんの口からすっごい言葉が出たよね?
でも目の前の吸血鬼様は遠い目をされて淡々と語り始め…
「祖父の予言……東の国に行けばそなたの運命が見つかる……それを信じて旅立ったのは成人して直ぐだ。
故郷を離れて幾千里……インド、ネパール、チベット、ブータン…ヒトとして生きる為に何でもやった。いろんなライセンスも取得した。時には兵士として戦争に借り出されもした。長かった戦争。だが私はこの能力のせいで目の前で銃で打たれても、ナイフで刺されても死ぬことはなかったな…。
そして漸く訪れた平和。私は運命のヒトを求めて中国に渡った。それから韓国に入り日本へと……」
兵士って……第二次世界大戦?それとも第一次?それとももっと前の?
ってか、ドラキュラって確か西洋の妖怪だよね?飛行機だったら日本まで遠くても13~14時間くらいで着かない?
でもこの吸血鬼様の口調だと、何か、わざわざ歩いて日本まで来たように思えるんだけど…
「あ…あの、聞いていいですか?」
「くす…またか?雫は質問が多いな」
「はい。あの…しっ…失礼とは思いますがアドルさんは…いくつ何ですか?」
「人間では30だが……実年齢は400歳といったところか。我一族は長命なのでね。それより…」
スッ
「っ………!!」
「大和の国の歌姫よ、どうか私の花嫁に…」
突然吸血鬼様が屈んだと思ったら片膝をついていて…これって所謂跪いているってシチュエーションだよね?ほら、よく漫画とかで王子様がやるヤツ
それより、歌姫?それってもしかしてあたしの事?
カプッ…
「/////っ…!あっ…あのっあのっ…あたし……って!あああ~~~っ!」
あまりに絵になるようなそのエレガントさに見惚れていたあたしは、何時の間にか左手を掴まれて、その直後に手首に噛み付かれた。
「これはヴァンパイアの花嫁の証」
そう言われて手首を見ると……なななななな何で!?ってかこれって……薔薇?!
あたしの左手首には真っ赤でとてもゴージャスな花の絵があり…
「いいいいい入墨ぃ~~っ!」
「今はタトゥーと言うのだろう?」
「そそそそそんな問題じゃなぁ~い!ここここここれどうやって隠すの!体育の時とかどうすれば…」
「問題ない。それより返事は肯定ととっていいんだな?」
そう言ってあたしを見上げる吸血鬼様の真っ赤な瞳はとても優しげで…
「……あたし、まだ100歳なんですけど…」
「我等の世界でも年の差カップルとやらはいるらしい」
そりゃあ今人間界だって年の差萌えカプなんて当たり前みたいだけど…
「あたし失恋したって思ってて…」
「……この私がいつお前を振ったのだ?」
「だって…だってあの姿を見られたから…」
「同じ妖怪同士なら問題ないだろう?」
「ほ…ほんとに、あたし、先生を諦めなくていいの?」
「アドルだ。諦めるどころかお前は最早私のモノだ。未来永劫放す気はない」
夢……じゃないんだよね。これ、本当の本当に今実際にあたしにおきている出来事なんだよね?
「ふぇっ………」
さっき天音お姉ちゃんに縋ってあんなに泣いたのに……ううん、歌っている時も泣いていたのに…再び洪水を起こすあたしの涙腺。
すると吸血鬼様はあたしのほっぺに両手を添えて…
「ぐすっ…ひっく……っ!///////」
「……これが雨女の涙の味か…」
ななななななな舐めちゃった!!ってかまだほっぺに柔らかい感触があるんですけどっ!!
パニくってるあたしを他所に顔中にチュッチュとキスする吸血鬼様。
多分あたしの顔は今瞬間湯沸かし器のように熱く、茹蛸みたいにまっかっかになってるだろう。
そして麗しの吸血鬼様はあたしのほっぺから目元からキスしまくった後、漸く顔を離した。
その後流れるような動作ですっくと立ち上がると、これまたモデル顔負けの歩き方で窓際に行き、高級そうなカーテンを開けた。
うっ………今携帯があれば写メ撮りたいっ!!なんつーお宝ショットなのっ!!
「今夜は大雪だろうな…」
「え?」
「ここには魔力が漲っているんでね。お前の涙はそのまま天に伝わる」
「あ………言われて見れば何か祠と同じような“気”が……でも何で?」
「くす…気付いてないのか?自分の今の姿を」
そう言うと吸血鬼様は再びベッドに座っているあたしに近づき、髪を一房掴んであたしの目の前にちらつかせた。
「あ……浅葱色の髪だ…って事は今あたしは…」
「本来の姿だ。だからこの“印”を刻む事が出来たんだろう」
あたしの髪を弄んでいた吸血鬼様は、流れるような動作であたしの左手を取り、消えかかっている薔薇にキスをした。
「っ……!//////あああああああああアドルさんっ!!」
「何だ?」
「/////あのっ…あのっ…武藤先生はあまりそういう事はしないと…/////」
「人間に惚れられても仕方ないのでね。だが、これが本来の私だ」
うっとりするほど綺麗で、いつも無表情で、とてもストイックな憧れの人は本当は人間じゃなくて吸血鬼で、しかも台詞も仕草もとっても気障で……おまけにキス魔でスキンシップ過剰で……
「//////これじゃあたしの心臓が持ちません…」
「そのうち慣れる」
いつのまにかベッドから降ろされ、彼の細マッチョな身体に包まれているあたし。
照れ隠しに視線を窓の方へと向けると、さっき吸血鬼様が言った通り絶えることなく雪が降り続いており……
「まさにホワイト……だな」
「はい。これがあたしの唯一の“おつとめ”ですから」
「お前も、その“おつとめ”も私は誇りに思う」
極甘低音ボイスに更に輪をかけて腰砕けな囁きに、思わずあたしの力が抜けそうになる。
しかしそれを知っていたかのように吸血鬼様はその長い腕であたしの身体を支えてて…
「/////……その声反則ですっ」
「くす……お前には本来の私をもっと知って貰いたいからな…」
去年も一昨年も一人っきりの淋しいクリスマスだった。
だからよけい今こんなに幸せでいいのかなぁ~って思っちゃう。
クリスマスの奇跡って言うのかなコレ。人間だけだと思ってたけど、妖怪にもあるんだね。
先生がいつもつけているフレグランスに包まれながらあたしは心の中で叫んだ。
――――世界中の恋人達に、幸せな家庭に、サンタには敵わないけどあたしからのプレゼントを贈るから……だから受け取って!『ホワイトクリスマス』!!!
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