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クリスマスの奇跡~異邦人(エトランゼ)だって恋をする~ ――長女 磨子編――2009/12/25 17:17

ペロペロペロ……
―――う…ん。くすぐったい

ペロペロペロ……
―――くすぐったいってばっ!ん?これって夢?

ペロペロペロ……
―――もうっ!

「いつまでヒトの顔舐めてるのっ!!メイクが剥げるでしょうがぁっ!」

ガバッ

「って…あれ?」
「(クゥ~~~ン)」
「ああっ!君もしかして狼(ろう)センセのペットくん?きゃぁ~もう一度会いたかったのよ!嬉しい~~!」

ぎゅぅ~っ!

がばっと起き上がったあたしの目に飛び込んできた円らな瞳。思わず両手を伸ばして抱きついた。
う~ん、あの時と同じ触り心地!良い毛並みしてるわ…

「クリスマスって奇跡が起きるのね~。だって君に会えたのあの日以来だもん。愛しの狼センセの顔も拝めたし、これで心置きなく“処理”が出来るわぁ~」
「(処理って何?)」
「ん?“処理”ってあたしは言ってるけどしーちゃんは“おつとめ”って言ってるし天音は“力”って表現を使ってるかな?ようはあたし達の能力を示してるんだけど」
「(どんな能力?)」
「ん……どうせこれが最後だからいっか。あのね、あたし妖怪なの。獏(ばく)って言って人間の記憶を操作出来るの」
「(それで?)」
「でね?しーちゃんの正体が初恋のヒトにばれたってのもあるんだけど、三人とも人間に恋しちゃったからあたし達に関する記憶を消さなきゃいけないのよ」
「(ふ~ん)」
「処理した後はしーちゃんは転校、天音とあたしは転職。…って言っても住所はそのままだけどね。
って事で………あれ?しーちゃんは?それに天音もいないような…」

金色でふさふさの毛の狼くんの背中をナデナデしながら、辺りを見回して妹達を探してみる。
…ってか、ここってどこ?あたしの部屋でもないし、センセの書斎でもない。ホテルでもないし…

ペロ…

「ぎゃっ!こら何す…」
「オレやだよ?」
「え?……って!きっ…きききき君、言葉が…」
「オレ磨子さんを忘れたくないよ!」

あたしの首においたを働いた獣くんを叱ろうと顔を覗き込む。
……気のせいかな?…何か円らなおめめが潤んでるような気がするんですが…?

「何であたしの名前……」
「それより、何で転職すんの?人間に恋したから?相手が人間じゃなければいいの!?」

尻尾をパタパタと振って必死に訴える狼くんの声は、あたしが今一番会いたくて、一番会いたくない人物と酷似していて…

「あのさオオカミくん、君の声がさ、やけにとある人物に似てる気がするんだけど……?」
「うん」
「君、狼センセのペットだよ…ね?」
「本当の事を言ったら磨子さんオレの記憶消さない?転職もしない?」
「え?それは……」
「ね、約束して?じゃないと妹さん達の事も教えてあげないよ?」

前足をあたしの手に乗せて尻尾をパタパタ振りながらウルウルおめめでそう言う獣くん。
人語を解し喋る時点で普通の動物じゃない事は決定済みだけど…

「君、ただのオオカミじゃないでしょ?」
「……………」
「教えてくれなきゃ君の記憶から操作するか。さてと……」

“眠り歌”を歌おうとあたしは思いっきり息を吸い込んだ。
すると…

「わぁ~~~っ!やめて!やめて!わかったよ」
「うんうん。物分りの良い『物の怪』はお姉さん大好きだよ。で、妹達はどこ?」
「……従兄達のところだよ」
「ウチに不法侵入した怪しいじーさんは?」
「……祖父さんの使いのヒト。セバスチャンっつーの」
「で、何であたしはここにいるのかな?ってか、ここはどこなの?」
「ここはオレのマンション」
「……寝室でも書斎でもないと思うけど?…って、君今オレのって言ってたわよね?」

そうよ!本来なら“オレのご主人様の”って言うべきでしょ?

「屋根裏部屋っつーの?メゾネット以外に隠し部屋を作って貰ったんだよ」
「へ?隠し部屋?」
「だってここのオーナーオレの従兄だもん」

へ?さっきからこのオオカミくんってば何言って…

「都会のど真ん中に鎮座する、このでっかい建物がどれくらいするか誰だってわかるわよ!そのオーナーが君の従兄だってぇ~~~?!」
「そ。ここは最上階だけどアド兄は1階と地下に住んでる。で、磨子さんの妹さん……えっと、雫ちゃん…だっけ?多分そこにいるよ」
「しーちゃんが?」
「うん。天音さんは別のマンションだと思うけど」

ほっ……とりあえず二人とも無事なのね。って!違うでしょ!自分!!

「………君、いったい何者なの…?」
「わからない?」
「え?」

スッ…

目の前のオオカミは突然二足歩行の型…つまり立ち上がったって事なんだけど…になったかと思ったら体中の毛が少しずつ引込んでいき…

「っ……!!あなたは……!!」

あたしの目の前にいるのは数時間前まで一緒にいたヒトで…

「新人作家 狼こと金沢 遼(はるか)は人間界での仮の姿」
「って事はやっぱり…」
「うん。オレの本名はヴォルフ・アーヘンバッハ。狼男なんだよ。
実は磨子さんが代理で原稿を取りに来た時油断してて獣化したままだったんだ。でもあなたはオレを撫でてくれたり抱きしめてくれて……」

って事は何?あたしが産休に入った先輩の代理で初めて狼センセのマンションに行った時に迎えてくれたオオカミくんが…センセ?
あたしは混乱してる頭を落ち着かせようと額に手をあてた。
えっと、狼センセは実は人間じゃなくて狼男って事よね?で、あたしがさっきまで抱きついてたのはセンセのペットじゃなくて御本人だったって事で…

「ああああたしっ…てっきりセンセのペットかと……すっ…すみませんっ!!」

ベッドの上に座ったまま思わず頭を下げる。だって撫でくりまわしたりぎゅうぎゅう抱きついたり…やりたい放題だったのよね。あたし。
しかも、恐れ多くも狼男様を『物の怪』呼ばわりしたし…

「磨子さん、顔あげてよ」
「でもっ…あたしセンセに…」
「いいからっ!ね、オレを見て?」

くいっ…

細くても男らしいごつごつした指を顎にあてられ、あたしは無理矢理上を向かされた。

「っ……!センセ……?」

今年一番のドッキリって言っても過言じゃない!だってあたしの目の前に立っているのは……

「センセ…なんですよね?センセの作品の中に出てくるワー・ウルフじゃないですよね…?」

狼センセの専属の挿絵作家さんが描くワー・ウルフそっくりの、背中までの金髪、頭にはピンと三角形にはえた耳、服装は別れた時のセンセの格好そのままなのに、お尻のあたりからはふさふさの尻尾が生えていて……

「綺麗……」
「磨子さん?」
「ねぇセンセ、その耳も尻尾も本物なんですか?」
「本物だよ。っつーか、敬語やめてよ」
「この瞳もコンタクトじゃないの?」
「うん」

ホラーで出てくる狼男って顔がオオカミで手も足も毛がフサフサで…いかにも野獣ってヤツだったけど、目の前にいる狼男くんはちょっとのっぽで細身の可愛い系イケメンで、薄茶(ライトブラウン)の瞳も表情が豊かで…

「狼センセ…人間じゃなかったんだ」
「うん」
「あたし……諦めなくていいのか……」

ペロ…

「っ……!!」
「泣かないでよ磨子さん」
「え?ちょっ…」

ペロペロペロ…

あたしの両肩に手を置き、夢中になって頬を目元をペロペロ舐める狼男くん。その感触はさっき寝ていた時と同じで…

「ちょっ……狼センセ、くすぐったいってば!」
「ヴォルフだよ磨子さん…(ペロペロペロ)」
「ヴォルフでもウルフでも狼でもなんでもいいから、いいかげんヒトの顔を嘗め回すのやめてっ!ファンデが剥げるでしょうがっ!」

ベリッ

あたしはそう叫ぶと思いっきり彼をはがした。
すると…

「っぷ……あはははははは!」
「へ?何笑って…」
「だって磨子さん初めて会った時もオレの目を見てそう叱ったもん。さっきだって…」
「……女はいろいろと大変なのよ。しかも人間年齢だともうすぐあたしはお肌の曲がり角ってヤツだし…」
「今の姿でもメイクしてんの?」
「今の姿?」
「うん。ほら」

狼男くんこと狼センセはいつの間にか手鏡を持っており、それをあたしに渡した。
やけに眩しいLED照明がつく中、恐る恐るその中を覗き込んだのだが…

「あたし何時の間に…」

紫の瞳と腰まで伸びた漆黒の髪。そう。これは本来のあたしの姿だ。
新人作家の担当編集である雪野 磨子はブラウンに染めたショートボブに黒縁眼鏡をかけて、ついでに言うと地味なパンツスーツを着ている。
が、獏のあたしの服装は…

「っきゃあああああっ!!みっ…見た…よね?」
「うん。だからオレ獣化しちゃったんだ~。良い眺め~♪」

そう。今のあたしはどこの時代劇かと思うような着物…っていうよりこれ長襦袢そのものなんだけど…なのだ。
瞳と同じ紫色で今にも透けそうな薄い着物に真っ赤な帯。縁障女の母さんがこんなお色気ムンムンの格好をするべきなんだけど、普通の羽織り付きの着物なんだよねぇ。
しーちゃんは純白の振袖だし、天音はミニワンピ丈の着物。
思わず布団を手繰り寄せようと手を伸ばしたあたし。狼男くんはそんなあたしから手鏡を取り上げてどこかに置いた。

「ね、磨子さん、さっきの話だけどさ…」
「…わかってるって。狼センセ…じゃなかった狼男くんの記憶は操作しません」
「じゃなくって!」

ぐいっ

「きゃあっ…!!」

そう言うと行き成り狼男くんはあたしの腕を掴むと引っ張ってベッドから立たせた。
しかもそれだけではなく、次の瞬間にはあたしはとても暖かいモノに包まれていて…

「ちょっ…何す…」
「ねぇ、磨子さん、さっき言ってた事本当?」
「だから記憶は消さないって…」
「オレの事諦めないって話!オレ、磨子さん好きだよ?だから磨子さんも同じだって事?」
「え……あ…あたしさっき…」
「……オレが人間じゃなかったらいいんだよね?妖怪同士ならいいんだよね?」

伝わってくる鼓動。震えている肩や腕、そして声。
さっきまでパタパタ動いていた尻尾すら今の彼の緊張度合いを示すかのようにピン…と伸びている。

「うん。あたし、センセが好き。今目の前にいる狼男くんが…ヴォルフが好きだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「オレっ………すっげー嬉しいっ!!」

再びパタパタと動き出したフサフサの尻尾。
くす……可愛いな…

ペロ…

「こっ…こら!また!」
「だってコレ、オレ等の愛情表現だもん!(ペロペロペロ)」
「もーーーーっ!くすぐったいってば…!」
「んんん……磨子さん愛してる~~~っ!(ペロペロペロ)」

はぁ~~~っ!普通ここは甘くて蕩けるようなキスってもんでしょ?台詞は極甘なのに彼の舌はあたしの顔中を舐めまわしている。

「好き好き磨子さん!オレ、まだ半人前だけど、200歳になったばっかだけど、貴方を守れるように頑張るからねっ!!」

……あたしより100歳下なのね。ま、いっか。今の告白で帳消しにしよう。
雫、天音、あんた達も幸せなイブを過ごしてるかしら?ふふ…彼が落ち着いたらあの娘達のところまで案内させよう。

――――それにしても、狼センセって年下ワンコ系って思ってたけど、まさか本当にイヌ科だとは思わなかったわ。くす…。

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