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クリスマスの奇跡~異邦人(エトランゼ)だって恋をする~ ――次女 天音編――2009/12/25 17:14

パチ………

目を開けると真っ先に飛び込んで来たのは見たこともない壁紙と照明だった。
あたしはいったい……そうだ!確かウチに一昔前の洋画に出てきそうな如何にもって服装のおじいさんがやってきて……それからどうなったんだっけ?
まだ覚醒していない頭をフル回転させどうにか記憶を辿ってみる。
あ!!姉さんと雫!

ガバッ…

「こうしちゃいられないわ。何とか二人の思念を辿って……」

あきらかにダブルサイズ以上とわかるほどの大きなベッドから降りると、あたしは窓に向かって歩き出した。

「…………二人なら心配…ない」
「え?」

聞き覚えがあるような無いような低い声が突然あたしの耳に飛び込んで来たのだ。
窓のサンに足を引っ掛けたまま声のする方へ振り向くと…

「礼(らい)くん……?」

譜堂 礼……それはあたしの後輩くんで、しかも3年越しであたしが片思いしている相手だ。
あたしは保専を卒業後、運良くすぐ近所の保育園に就職する事が出来た。そして翌年補助養育員として入ってきたのが彼なのだ。
背が高くて肩幅もガッシリしている彼は、手も足も長くてモデル顔負けの体躯をしている。顔だってまるでギリシャ彫刻のように一つ一つのパーツがはっきりしていて思わずデッサンしたくなるくらい。
なのに、彼はそんな外見からは想像もつかないほど口数が少ない。
一見無愛想に見られがちだけど、凄く真面目で子供に優しいのだ。
仕事覚えも早いし、力持ちで大変頼り甲斐がある彼は、翌年にはあたしと同じように一クラスを受け持つようになっていた。
その礼くんがここにいるって事は………考えられる事は一つよね?

「あ、もしかしてここは貴方の家なの?あたしどこかで倒れてたのかな?」
「………セバスチャンが連れて来た」
「セバス?誰それ?」
「…………天音さんが見たじーさん」

珍しく礼くんがポツリポツリだけどあたしの質問にちゃんと回答してる………なんて感心してる暇はないわっ!
とりあえず二人の状況を確認しなきゃ…

「あたしの事、介抱してくれたのよね?ありがとう礼くん。でもあたしやらなきゃいけない事があるから、それじゃ……」
「…………隣のマンション…」
「え?」
「…………地下室と最上階。そこに天音さんの姉妹はいる」

あたしは窓のサンにかけていた足を一旦下ろして彼の前に立った。

「……最初からわかるように説明してくれるかな」

彼の口から出てくる言葉だけじゃ納得出来ないあたしは、冷静になれと自分に言い聞かせながら礼くんを凝視した。
普段は園指定のエプロンに上下の着古したジャージ姿の彼は、今は黒のタートルネックのセーターに濃紺のデニムを履いている。
しかもいつもはボサボサでところどころ寝ぐせがついている黒髪も、今はちゃんと梳かしてあるのかやけにサラサラ感がある。

………いつもそうしていればパリコレのモデルみたいなのに…

思わず見惚れそうになるのを堪えてもう一度礼くんの顔を見上げる。
身長190cmの彼はあたしより30cmも高い為、正直この状態は首が痛い。でもそんな事に構ってられないのだ。
今あたしがやらなければならない事は一刻も早く二人を見つけて家に帰る事なのだから。

****************

「何ですって!?それ本当なの礼くん?」
「……………」

彼の口から出た言葉にいちいち驚いているあたし。
だって無理もない。雫が今いるのは彼女が通っている学校の先生のマンションで、磨子姉さんがいるのは姉さんが勤めている雑誌社で売り出し中の作家が所有しているマンションだっていうんだから!!

「なら尚更早く二人を連れて帰らなきゃ!!」
「…………何故?」
「何故って……これ以上辛くならない為よ!どうせ結ばれない相手なんだから!」
「……………結ばれない?」
「絶対に恋しちゃいけない相手だって事!それよりあたし今からそこへ行くわ!隣のマンションだったよね?」

あたしは座っていたベッドから立ち上がると再び窓際に行った。窓を開けてサンに足をかけるが……

ひょい…

「ちょっ……何で!」

いきなり浮遊感を感じたかと思ったら、何時の間にかあたしの身体に長い腕が巻きついていたのだ。

「………彼等から頼まれた」
「え?今何て?」
「……………俺も大事な話がある」
「礼く…ん?」
「天音さんに聞いて欲しい!」

最後の言葉はいつもと様子が違っていた。それに背中から彼の激しい鼓動が伝わってくる。

「とりあえず、降ろして?」

いつまでも抱っこされたままじゃ恥ずかしいし、足がついていないのはどうにも落ち着かない。
足をばたつかせながら後でガッチリと抱え込んでいる彼に懇願する。

「……………約束してくれるなら」
「約束?」
「………俺の話が終るまでここから出ないって…」

耳元で彼が喋っているせいか、背中がぞくぞくして今にも力が抜けそうになる。
でもあたしは自分を奮い立たせ、礼くんに見えるようにこくこく頷いた。
すると彼はあたしをベッドに再び座らせるようにストンと降ろした。
そしてパソコンデスクのところからイスを持ってくるとドスンと乱暴に腰掛けた。

「で、話って?」
「…………俺の話の前に、彼等からの伝言がある」
「彼等?」
「……アドからは『妹さんの事は任せて下さい。必ず幸せにすると約束します』
「へ?妹って…雫の事?だってあの子の片思いの相手って学校の…」
「………それとヴォルから『まだ半人前だけど磨子さんを全力で守ります』って」
「アドさんとヴォルさん……だったっけ?彼等は誰なの?」
「………アドはヴァンパイアで本名はアドリアン・フロレスク。彼は高校の教師をしている」
「高校ってまさか……!」
「…………黒耀高校」

思わず頭を抱え込むあたし。
ちょっと待ってよ!妹さんの事を任せてって……そういう意味よね?で、しかもソレがあの子の通っている学校の先生で……ん?確か彼その前に何か言ってたわよね?

「礼くん、悪いけど、さっきアドリアンさんとやらは何者だって言った?」
「…………高校教師」
「その前!!」
「…………ヴァンパイア?」
「そう!それよっ!!……って!ヴァンパイア~~!?それって吸血鬼って事?」
「…………………」

無言で頷く礼くん。
今彼の口からでた言葉を整理すると、今あの娘と一緒にいるのは実は只の高校教師じゃなくて吸血鬼で、しかもその男は雫を伴侶にするような事をあたしに言ってる訳で……

「で、最初の礼くんの話だと、今、妹はそのヴァンパイア先生と一緒にいるって事よね?」
「……………………」

またも無言で頷く彼。
黒耀高校の教師………もしかしてあの娘が正体を見られた相手?
……一瞬ロマン小説特有のご都合主義的展開を考えた。
まさか…!まさか…ね?世の中そんなに上手く行く筈が無いし……?
思考の小箱に入ったあたしに、礼くんはポツリと付け加える。

「…………アドは武藤 吾(あたる)という名前で国語教師をしながら不動産業も手がけている。だから……その……安心して妹さんを任せても大丈夫だと……思う」

ムトウって言うのか………はいはいムトウねぇ………あれ?それって雫が好きだって言ってた先生の名前じゃあ……?

「……まさかそんな少女漫画で王道な事が現実に起きるなんて…」
「………ヴォル……本名はヴォルフ・アーヘンバッハ…はワー・ウルフで、確か『狼』ってペンネーム?とやらでファンタジー?というモノを書いてる。
……まだ作家デビューして間もないが、お姉さんの事は真面目に考えてる……と言ってた」

ロウ?それって………確か今姉さんが担当している新人作家くん…だったよね?しかもワー・ウルフ……もしかして狼男?
まさかこっちも雫同様の展開になってるって事?
いつも以上どころか1年分喋ったんじゃないかって思える礼くんの説明を、必死で頭の中で整理して出た結論に、あたしはホッとした。

「……何だ。二人とも今幸せなんじゃん……」
「…………天音さんは……」
「え?」
「………今、幸せじゃない?…」

なっ…!何であたし?
そりゃあ正直長年片思いしていた相手との二人っきりのこの状態を幸せじゃないって言ったら嘘になるけど………でもね、あたし妖怪なのよ?礼くんは足に自信があるみたいだけど、実は韋駄天のあたしが“力”を出せばよっぽど速いのよ?

「……幸せじゃないって言ったら嘘になるけど……」
「…………それって…」
「ストーーーーーーーップ!!!もう貴方に会う事は無いと思うから正直に言うけど、あたし人間じゃないの」
「…………知ってる」
「え?」
「…………それ……見ればわかる」

そう言って彼はあたしを指差した。
ヒトに向かって指を差してはいけませんっ!!……って思わず叱りそうになったけど、恐る恐る視線を下げて自分の格好を確認してみる。
………って!ええ~~~っ!?何で?何であたし韋駄天の姿なの?
膝上の短めの着物に、足には膝下あたりで結ぶ長い紐がついた…今で言うサンダル?…のような靴。
……そう言えばさっきから足元がスースーするって思ってたのよね…

「…………俺もこれ本当の姿」
「え?礼くん何言って…」
「……ヴァンパイアと狼男は従兄弟。……だから俺も妖怪」

何時の間にか目の前に礼くんが立っていた。そしてゆっくりとしゃがむとあたしに視線を合わせる。

「………俺の目を見て…?」
「目?………って!嘘っ!!!」

あたしを見上げる礼くんの瞳を彼に言われるままに観察していたら……いつも強い輝きを持つ黒曜石の瞳が………

「…………天音さんと同じ」
「うん。金色だね」
「…………俺、ゴーレム。名前、アロン・エフレイム…」
「ふぅん……って!ええっ!嘘………」
「…………本当。実年齢は300歳」
「え!嘘!年上~?しかも磨子姉さんと同じ?」
「…………人間だと27」
「嘘っ!そっちでも年上じゃないっ!」
「………天音さん、さっきから『嘘』ばっか言ってる…」

くすっ………

「っ…!!!!!!」
「…………???」

いっ…いいいい今、彼、笑った……よね!?
あたしの見間違いなんかじゃないよね!
固まっているあたしに礼くん…超イケメンなゴーレムはきょとんとした表情をしている。
だって!初めて見たもん!子供達の前でもニコリともしない彼の、所謂、微笑ってヤツ?
駄目だ!今あたし顔が火照ってる!!

スッ…

「え?っちょっ…////////」
「…………天音さん、真っ赤。……可愛い…」

イケメンゴーレムは何時の間にか身を乗り出してその大きな手であたしの両頬に触れた。
近いっ!ちょっと!ドアップにまだ慣れてないんだからっ!!
顔をそらせたくてもガッチリ掴まれて動かせない。視線をそらそうにもあまりにも眼差しが優しくてもっともっと見つめていたくなる。
すると彼の彫刻のような顔が近づいてきて……………思わずあたしは目を閉じた。

「……ん……」

まるでファーストキスのような短いキス。だけど初めて触れた唇は以外にも柔らかくて…

「………俺も、約束したい。天音さんの未来、託して欲しい…」
「え?」
「………4年前、面接に来た時、一目惚れ……だった」
「え?4年前って……だって礼くんは3年前にウチに補助として…」
「…………アレの創設者、俺………」
「ええ~~っ!!嘘っ!じゃ、何で今保父して……」
「…………一緒に働きたい…思った」
「嘘っ!」
「………本当。……で、更に惚れた」

な……何ていう日なんだろう!もう!正直頭が混乱し過ぎて何が何だか訳がわかんないよ………。
そんなあたしにお構い無しにイケメンゴーレムはその長い腕であたしの身体を引き寄せ抱きしめる。

ドクッドクッドクッ……

「くす……心臓、ドキドキしてる…」
「………緊張してる…から」
「くすくす…いつもの倍以上喋ったから疲れたでしょう?それが告白なら尚更じゃない?」
「………………」

また無言に戻っちゃったけど、多分今彼頷いてるんだと思う。
今日は貴重なモノを見れたし、いつもはちょっとしか聞けない彼のハスキーボイスも沢山聞けたし、得しちゃったな~。

――――それにしても、ゴーレムと韋駄天の組み合わせってどうよ?……って思うけど、姉さん達だって西洋妖怪と日本妖怪の組み合わせだし…人外同士なら問題なし…よね?

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